NPO法人・映像産業振興機構が実施する文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」から、今年も若手監督による5つの短編映画が完成した。3月2日(土)~8日(金)に東京・ユナイテッド・シネマ豊洲で、3月23日(金)~29日(金)に大阪・梅田ガーデンシネマで一般公開される。
7年目となった日本映画の未来を担うプロジェクト。アルタミラピクチャーズ代表の桝井省志氏が、2010年度からスーパーバイザーを務め、若い才能を見守る。ndjcが日本映画界において担う役割と今後の課題について。また、デジタル化が加速するなかで、なお若手に35ミリフィルムで映画を作らせる意図。そして日本映画界全体の現状認識などについて、聞いた。
合わせて、「ndjc2012」で完成した短編映画作品を紹介する。有望な若手映画監督5人が、プロの指導を受け、貴重な35ミリフィルム制作により、完成させた渾身の5作品。一般商業映画と比べても遜色なく、お金を払ってでも、今、押さえておきたい。それぞれの監督にも迫った。
―今年もndjcから5つの短編映画が生まれました。
推薦団体経由で応募が62人、そこからワークショップに15人に参加してもらい、最終的に今年も将来的に商業映画で活躍する可能性を秘めた5人の監督による、5つの短編が完成しました。意識したわけではないですが、バラエティに富んだ作品が並びました。監督5人は商業映画の助監督もいれば、自主映画で頑張っている人もいるし、CM業界の人もいる。それぞれ自分のテーマと向き合いながら、プロのスタッフと格闘して、そして35ミリフィルムで、例年に増して見ごたえある作品に仕上げてくれたと思います。
―5人の監督、5つの作品について教えてくだぬさい。
『半径3キロの世界』の菊地清嗣監督は、ふだんは商業映画の助監督をされています。ndjcは昨年度から助監督の方にもっと応募してもらおうと取り組みを強化したのですが、今年もたくさん応募があり、菊地さんが製作実地研修に進みました。昔のように、商業映画の現場で助監督から監督に昇進することが容易ではない中、ndjcという場で監督という立場を任され、貴重な経験を積んでもらったと思います。臓器移植という、ともするとこういうプロジェクトでやるには重い題材を扱った作品ですが、めげずにしっかり作品として完成させてくれました。
対して、
『カサブランカの探偵』の小林達夫監督は、自主映画界で活躍されてきた方です。これまで自主映画で地元・京都を舞台にした映画を発表してこられて、今回もそう。極論言うとずっと同じ題材を撮っているとすら言えるでしょう。しかし、それは言葉では言い表せない、映像でしか表現できないものに対する執着心を感じさせるもので、そういう意味で、非常に優れた作家性の持ち主です。今回の作品も、際立って不思議で謎めいた作品になりました。しかし、ndjcという枠組みの中で、しっかり観客に伝わる作品にも仕上がりました。彼の映画監督としての個性を見つけてもらえるのではないかと思います。
『んで、全部、海さ流した。』の庄司輝秋監督は、CM会社のディレクターやプロデューサーとして活躍してきました。ですが、映画を撮る意思が非常に強いんです。今回の5人の中で、最も撮りたい映画をはっきり自覚している、なぜ映画じゃないといけないかということがよくわかっている人です。こういう人がいると安心します。作品は、彼の地元でもある石巻市でロケを敢行しました。東日本大震災という言葉は直接出てこないけれど、そういった負のイメージに覆われた街に、彼自身の抱えるテーマ、問題意識をぶつけた30分間は、非常に普遍的で、説得力のある、とても映画らしい映画に仕上がっています。
『ラララ・ランドリー』の鈴木研一郎監督は、自主映画の中でもミュージカル映画という表現にこだわってこられた方。5人の中だけでなく、日本映画界全体で見ても異色の存在かもしれません。彼は音楽の作詞作曲までこなします。作品のテーマとは別に、ミュージカル映画という表現手段に対する思い入れが強いのです。これだけ映画が手軽に撮れる時代ですから、なにも内容的な思い入れだけで映画を撮る必要はなく、むしろ彼のようにミュージカル映画という表現にこだわる手法があっても良い。そういう意味で、面白い作品として観ていただけるはずです。彼自身も、これまでの自主映画のワンマンな現場とは違い、プロの意見をたくさん吸収して、大いに成長してくれました。
そして
『プリンの味』の畑中大輔監督は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭などで受賞経験があり、要は今の日本映画界にいくつかある映画監督育成のラインのなかで、実力をつけてきた作家です。自主映画は卒業して、すでに映像演出で食べてはいるけれど、商業長編デビューはまだ。こういう人が実は業界にたくさんいるのです。経験もあるだけに、手堅くウェルメイドな作品が撮れる、5人の中では一番優等生的タイプでしょう。今回も小さなお話ではあるけれど、しっかり面白いものに仕上げてくれました。彼みたいにある程度の技量で映画を撮れるまでになった人が、しっかり発見され、商業映画の舞台で立ち回れるチャンスを与える。そういったこともまたndjcの役割のひとつですね。
―5つの作品を映画ファンにどのように観てほしいですか? 見応えがあった、面白かったと言ってもらえればそれに越したことはないですが、ndjcはそこがゴールではないのです。まだ経験の浅い若い映画作家が、プロと一緒に脚本を練り、現場を経験することによって、自分の言いたいことをちゃんと観客に伝えるための術を学ぶ、それがまずは課題です。ですから、観客の皆さんから『この映画は何が言いたいの?』と言われてしまうようではいけません。面白い面白くないとは別に、ちゃんと観客に届く作品となっているかどうか、まずはそこを観てほしいです。
できるだけ多くの一般の方に観てほしいと思います。そして、監督に素直な感想を送ってあげてほしいですね。一般の映画ファンのコメントほど作り手にとって貴重なものはありません。観客の皆さんも、日本映画界を担う若手作家を、一緒に育てようと、そういう心意気で劇場に足を運んでもらえると嬉しいです。
―桝井さんがスーパーバイザーを務められて、3年が過ぎまず一区切りです。
とても刺激的な3年間でした。価値観の違う若い世代と、映画という唯一同じ土俵の上で意見を交えて、むしろ私の方が勉強させられることが多かったかもしれません。業界の中にいると、映画祭などで若手監督の完成した作品を審査員という形で観る機会はたくさんあるのですが、若い人たちがこれから作ろうという作品を評価して、その作品の完成までを見守るなんてことは、まずないわけですから。
今の若い映画作家はこんなものに興味があるのか、こんな映画を撮りたいのだなと、スーパーバイザーという肩書きながら、若手作家とともに私も学べたなと実感しています。これは貴重な経験ですよ。他の映画プロデューサーの方々もndjcにどんどん参加してもらいたい、いや参加するべきだと思います。
―ndjcとしては創設から7年が経ちました。 ndjcは既に相当の蓄積ができています。完成した短編作品の数はもちろん、日本映画界の将来を見据えた学びの場としての蓄積です。経験はなにものにも勝りますから、これから先もこのプロジェクトをずっと長く続けることによって、しっかりこの蓄積を増やし続けないといけません。
それと同時に、そういった蓄積によって生まれた作家や才能をどう次に向かわせるか、それを考える時期に来ていると思います。ある程度の蓄積を得た上で、ndjcに課せられる次の課題です。プロジェクトで短編映画を完成させて終わり、ではいけないわけで、例えば特に優秀な監督には次に商業映画を撮るチャンスをあげるだとか、ゆくゆくはそういった展開も考えていかないといけないのではないでしょうか。
―蓄積をどう次に繋げていくか、次の3年に向けてのテーマですね。 7年間のndjcのプロジェクトを通じて、言わば“国が認めた”若手映画作家がたくさん輩出されたわけです。これまで学びの場として慎ましくやってきたわけですが、我々も、もっと自信をもち、営業、広報を強化して、ndjcの事業を広く知らしめ、才能ある若手作家をもっともっと世に問うていける場を、つまりは商業長編デビューまで視野に入れた道筋を、用意できるよう頑張らなければいけません。
言葉にすると乱暴ですが、映画会社に対して『あなたたちの代わりに映画監督を育成してあげたのだから、商業長編で使いなさいよ』と言えるまでになっていかなければいけないと思っています。既にndjcは、日本映画界においてそういう役割を担えるまでの域に到達していると感じています。
―ndjcの現場を担当する制作プロダクションは、インディペンデントの会社からいわゆる大手と呼ばれる会社まで、年を追うごとに広がっています。
制作プロダクション各社の功績は本当に大きいものです。このプロジェクトが、しっかり若手映画作家を育成する場として成立しているのは、またそういった場として蓄積できてきたのは、商業映画で実績のあるプロダクション各社が現場を担ってくれるからです。
私たちがやれるのは、若手作家の制作意図を汲み上げて、脚本をある程度のところまでもっていってやるところまで。そこから先は、プロダクションさんどうぞお願いしますとなるわけです。そこから本格的な予算管理、キャスティング、ロケ地選定、そして撮影へと進むわけで、実はそれらが本当の意味で監督にとって貴重な経験になるわけです。
それまで全くお付き合いがない、しかも経験も乏しい新人監督をいきなり預かって、完成までもっていってもらうわけですから、プロダクション各社の人材育成に対する気概に感謝するとともに、ご苦労には本当に頭が下がります。今後、ndjcにおける、プロダクションに対する評価もきちんとされなければいけません。
―そしてこのndjcにおいて、特に重要なのがフィルム主義であるということです。 このプロジェクトは創設当時は、フィルム映画が引き続き作られていくことを前提に、若手作家にフィルムの経験を積んでもらいましょうと始まったわけですが、我々の思っていたよりもデジタル化の速度は速かった。昨年に富士フイルムが35ミリフィルム生産中止(アーカイブ用除く)を発表したのはまさに象徴的な出来事で、まさに今、今後フィルムがどうなるのかという課題に映画業界は直面しています。その中で、ndjcはフィルム主義を変わらずに掲げています。
今や映画は携帯電話でも撮れるようになって、すべての人に開かれているし、そこにケチをつけるつもりはありません。しかし、フィルムで映画を作るという蓄積が映画誕生の瞬間からこれまであり、それが途絶えようとしているのも事実です。監督だけでなく、キャメラマン、編集マンに、その蓄積が伝承されなくなる。そこから学べるものがたくさんあるだけに、それは不幸なことではないでしょうか。
そういう意味で、ndjcは若手映画作家育成と同時に、フィルムで映画を作るという映画界の蓄積を次代につなぐ、その使命感もまた担うようになっていると感じます。もはや35ミリフィルムで映画を撮っているのは山田洋次監督かndjcかと言っても大げさでないくらいです。ndjcというプロジェクトが終わると、下手をすると35ミリフィルム映画が日本映画界から消えてしまうかもしれません。そういう意味で、物理的、技術的に可能なかぎり、ndjcはフィルム主義を貫いて続けていかなければならない、これは強く言いたいと思います。
―ndjcでの経験も踏まえ、最後に現在の日本映画業界へのメッセージをお願いします。 重ね重ねになりますが、ndjcで輩出した若手映画作家が、宝の持ち腐れにならず、しっかり商業映画の舞台で活躍できる体制が業界的に望まれます。経験上、若手監督のニーズがあるのは分かっていますから。
現在の日本での映画興行は、洋画が厳しく、邦画が好調です。しかし邦画が好調といっても、当然ビジネスですから興行性の高いものが好まれて作られているのが現状です。ndjcのスーパーバイザー、またアルタミラピクチャーズ代表という立場からも思うのは、映画のジャンルが狭くならなければいいなということ。多様性に富んだ、いろんな映画があった方がいい。ジャンルに関してだけでなく、デジタルだけでなくフィルム映画もあっていいと思います。
今回のndjcにもこうして多様な作品がそろったわけですが、こういった監督にチャンスがまわってきて映画のジャンルを広げ、より良い映画文化を作っていってくたら幸いです。指導なんてうけなくても誰でも映画が撮れる時代です。でもだからこそ、ndjcが担う役割はますます大きくなるわけで、これからもこのプロジェクトを継続的に続ける必要があります。その価値を確かめに、東京、大阪の劇場公開に是非足を運んでください。
―ありがとうございました。<プロフィール>
桝井省志(ますい・しょうじ)映画プロデューサー/(株)アルタミラピクチャーズ代表取締役
1956年愛媛県生まれ。上智大学文学部卒業。大映映画・企画製作室入社。プロデューサーとして『ファンシイダンス』『シコふんじゃった。』等を手掛ける。大映退社後、磯村一路監督、周防正行監督等と製作プロダクション・アルタミラピクチャーズを設立。プロデューサーとして『Shall we ダンス?』『がんばっていきまっしょい』『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』『それでもボクはやってない』『歌謡曲だよ、人生は』『ハッピーフライト』等を手掛ける。また音楽ドキュメンタリー映画『タカダワタル的』『こまどり姉妹がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』等の製作及び配給も手掛ける。
2012年は矢口史靖監督『ロボジー』、周防正行監督『終の信託』が公開。2013年は、7年がかりで完成させた音楽ドキュメンタリー『オース!バタヤン』の公開が控える。
受賞歴:藤本賞奨励賞、エランドール賞・プロデューサー賞、奨励賞、SARV賞(年間最優秀プロデューサー賞)受賞。
「ndjc2012:若手映画作家育成プロジェクト」一般公開!
東京・大阪で1週間限定ロードショー
2013年3月2日(土)~8日(金)東京・ユナイテッド・シネマ豊洲
2013年3月23日(金)~29日(金)大阪・梅田ガーデンシネマ