5人の気鋭監督が35ミリフィルムで短編を完成させた文化庁委託事業「ndjc 2011:若手映画作家育成プロジェクト」。やましたつぼみ監督『UTAGE』には、魅力的な女性キャラクターが登場する。
やました監督は、テレビディレクターと自主映画作家の2つの顔を持つ。その映像感覚は実に個性的。今回さらに、映画のプロたちの技でもって洗練され、35ミリフィルムでの撮影・編集でもって研ぎ澄まされた。そうしてフィルムに息づいたのが、つみきみほ演じる主人公の女性シェフ・ハルだ。
ハルは、他人に嫉妬して嫌われ堕落していく。そんな女性が、やました監督は本来苦手で「嫌いな人を好きになる作業は本当に嫌だった」という。しかし、劇中ではハルの感情を転がるパチンコ玉に乗せて表現し、やがて愛らしく見せてしまう。
やました監督が志向するのは「常に新しい映画表現の模索」。だからこそ、「観客も映画業界も、もっと色んなものを面白がる心を持ってもらえれば」とリクエストする。
>>やましたつぼみ監督のプロフィール
―作品の企画意図を聞かせてください。
特別にテーマとしてきたわけじゃないんですが、私は自主映画などで理想と現実の自分の狭間で苦しんでいる人物を描くことが多かったんです。今回も、そういった主人公が出てきます。レストラン「宴」の女性シェフ・ハルです。
ハルというキャラクターは、私自身が嫌いな人をどうすれば好きになれるだろうかという作業の末に生まれたんです。嫉妬する女性って大嫌いなんですが、今回脚本を書くにあたって、講師の方々から「そういう女性のことが愛しく思えるような脚本を考えてみれば? 」と提案され、考え抜いた結果、ハルという人物と物語ができました。嫌いな人を好きになる作業は本当に嫌で嫌で、脚本は本当に苦労しました。
―ハル役はつみきみほさんが演じています。
たくさんの方からハルを演じたいと手を挙げていただいたんですが、つみきさんがハルのことを一番よくわかってくれていると感じました。ハルは不細工な女性ですから、つみきさんの可愛らしさを壊してしまうかもしれないとも思ったんですが、関係なくやりたいと言ってくれて。では、覚悟を決めてお願いしますと。本当によく演じてもらいました。
―制作を振り返ってみて、どうでしたか?
脚本で本当に苦労したぶんだけ、撮影はすごく楽しかったですね。プロの映画スタッフと組ませてもらったのは初めてだったのですが、これが本当に刺激的でした。私がこういう風に作りたいと言ったのに対して出てくるアイデア、そこでのコミュニケーションは、これまでやってきたテレビの仕事、自主映画制作の現場とはまったく違うものでしたから。
これまでもテレビの現場で映像のプロと仕事はしてきたわけですが、同じプロでも、目指すところはまったく異なるなと。映画のプロとは、より表現について話し合うことができましたね。自主映画の場合は、監督である私の意向が絶対でしたし。
ハルという女性の気持ちの変化をどう表現するか。カメラマンは撮影の立場から意見をくれて、照明は光の面で意見をくれて、音声も編集もそうです。全員の技でもってハルに向き合うことができたんです。
―35ミリでの撮影・編集はどうでしたか?
「ndjc」に参加した理由のひとつには、35ミリで撮れるからというのが大きかったんです。実際に撮影、編集と終えて、実感したのはやはりコミュニケーションの部分ですね。フィルムって、実際に映写するまで結果がはっきりとわかりません。見えないものを信じて、全員で意見を出し合いながら試行錯誤していく。あのアナログな人間関係はデジタルの現場では味わえないものでした。
―意識した作品はありますか?
たくさんあるんですよ。特に、脚本指導の際に講師の方から薦められて観たジョン・カサベテスの「オープニング・ナイト」。ジーナ・ローランズ演じる嫌な女性がやがて愛しく見えてくる作品で、ハルという人物を創作するにあたってとても参考になりました。現場演出に関しては、いつもフェデリコ・フェリーニの「8 1/2」を参考にしているんです。
―見どころはどこですか? 特に見てもらいたい人は?
ハルという女性が心の葛藤を経て醸し出す愛おしさ、ここに尽きます。芝居の演出はもちろん、撮影も編集も、すべてそこに力を入れましたから。誰もが、ハルみたいな性格持ち合わせているはずです。そう感じとってもらえると面白く見てもらえるのでは。
やはり、特に女性に見てもらいたいです。あまり若すぎるとわからないかもしれませんが、これからの人生どうしようかと思っている社会人なりたての女性、年齢を重ねるのが怖いと思っている20代後半の女性とか、理解いただけるところが多いのでは。
―反省するところは?
台詞をもっと排除して、より映像だけでハルの感情を表現できるところがあったんじゃないかなと。もっと言えば、実験的なことに挑戦したかったんですが、「ndjc」はそういう場でないだろうと自重してしまったのは、心残りでもあります。
―これまでのキャリアについてあらためて教えてください。
子どものころから映画が好きだったんですが、映画監督になりたいと思ったのは「イン・ザ・スープ」(アレクサンダー・ロックウェル監督)を見てからでしょうか。スティーヴ・ブシェミ演じる若き映画監督の姿にカッコいいなと。
アメリカに留学中、近くでやっていたサンダンス映画祭に是枝裕和監督がやって来たことがあったんです。それまで映画監督ってスティーヴン・スピルバーグとかそういうレベルで考えていたんですが、日本人監督が普通にサンダンスでQ&Aをやっているのを見て、映画監督という職業を現実的に捉えられるようになりました。
帰国して、テレビの仕事を紹介してもらって。この仕事をもう12年やっています。主に情報番組やドキュメンタリーが多いですね。今は、テレビ朝日「ちい散歩」とNHK Eテレ「きれいの魔法」のディレクターを担当しています。
―テレビの経験は今回の映画制作にどう生きましたか?
演出面に関してはまったく違いますが、例えばベテランのカメラマンにどうお願いすればいいか、自分より年上のスタッフとどうコミュニケーションをとるか、こういったことは今回の作品に生きました。
ロケハンでは、「ちい散歩」の経験が生きています。レストラン「宴」から一歩外に出た時に見える町の景色、あれは地井(武男)さんが歩くだろうという道なんです。
―「ndjc」に参加したきっかけは? 35ミリで映画を作れること、応募した自分の企画を作品として完成させる可能性があること、この2つがとても魅力的でした。
「ndjc」については以前から知っていたんです。ただ、推薦団体というのが何なのかよくわかっていなくてこれまで参加できないでいました。以前入選経験がある水戸短編映像祭が推薦団体にあたるというので、今年参加することができました。
―プロジェクトでどんなことが学べましたか?
やっぱり映画作りって面白い。特に、映画を作るためにいろんな人と向き合うことが、本当に楽しいなと。今回、初めて映画のプロたちとご一緒させてもらって、それをあらためて実感することができました
「ndjc」の良さのひとつって、35ミリだからこそ味わえるアナログなコミュニケーションだと思うんです。35ミリで映画を撮るためにはベテランのスタッフが必要で、現場では、百戦錬磨のおじさんたちと私みたいな若輩者のアイデアがミックスされていく中で、さまざまなことが学べます。一方で、監督として指示を出す必要に迫られも、将来的に商業映画で活躍するための責任感を養う場として意義の大きいプロジェクトだと思います。
―今後の目標について聞かせてください。
私は、常に新しい映画表現を模索していたいんです。誰にも見たことがない表現でありつつ、ちゃんと観客に伝わるもの。例えば、まったく新しい表現による「男はつらいよ」だとか、まったく新しい表現による「桃太郎」を作る監督になりたいです。
理想とする監督は、スピルバーグ、フェリーニ、タルベーラ。全然違うところにいる3人ですが、みんな常に新しい映像表現を目指していますよね。日本人でいうと塚本晋也さんです。女性監督への意識はありません。
―最後に自由にアピールを。
観客の皆さんには、面白い映画が作られ続けていくためにも一緒に作る気持ちをもってほしいですね。今回の短編も厳しく評価してもらいつつ、じゃあ何が面白いのかも考えてもらい、お互い高めていく関係でありたいと思っています。
映画業界に対しては、観客をもっと信用してほしいとお願いしたいです。今の商業映画は、今の観客はこうじゃないとわからないよねという前提で作られている気がします。もっと色んな映画を作る勇気を持ってもらえれば。
観客も業界の皆さんも、もっと色んなものを面白がる心を持ってもらえれば嬉しいですね。
「ndjc 2011」一般向け特別興行日程:2012年2月25日(土)~3月2日(金)
場所:ユナイテッド・シネマ豊洲
時間:2月25日/18時10分~21時30分 ※5作品上映後に監督5名によるティーチ・インを実施
2月26日~3月2日/18時40分~21時30分 ※上映前に監督による舞台挨拶を実施
入場料金:1000円均一
「ndjc」公式サイトで詳細のほか、お得なチケット情報などを順次掲載
(C)2012 VIPO
※記事は取材時の情報に基づいて執筆したもので、現在では異なる場合があります。