5人の気鋭監督が35ミリフィルムで短編を完成させた文化庁委託事業「ndjc 2011:若手映画作家育成プロジェクト」。七字幸久監督は、現在45歳で5人中最年長だ。長年、商業映画制作の現場で助監督として多くの名監督に仕え、現在ではドラマやVシネマなどの演出を手がけるが、長編映画を撮るチャンスには恵まれてこなかった。
『ここにいる…』では、キャリアに裏打ちされた確かな演出力を発揮。映画を撮ることに対する思いは誰より強いはずだが、力みは感じさせない。制作にあたっても「いつもどおり。特別なことはしていない」と飄々と話す。
それでも、双子姉妹の絆をホラータッチで描き、感動と恐怖が混ざり合う作風は新境地。「人と人との心の絆を感じてとってもらえれば」といい「こんな作品も、あんな作品もやれるんだと知ってもらえれば。撮り続けられる監督になりたい。ジャンル、バジェットを問わない映画職人が理想像です」とアピールする。
>>七字幸久監督のプロフィール
―作品の制作意図を聞かせてください。
企画自体は十何年も前から温めてきたものなんです。絆の強い双子の片方が死んで幽霊になって出てくるという物語。とはいえ、だからなんなのか? と疑問が残り、これまで映像化できないでいました。
こうして映画にできたのは、東日本大震災がひとつのきっかけです。震災はあまりにも大きな出来事だっただけに、影響されたなんて言うと大袈裟ですが。しかし、震災後に私たちが感じずにいられなかった喪失感、空虚感、そして人と人との絆。ああ、当初のアイデアに足りなかったのはこれなんだと気づき、今なら撮れるなと思ったんです。
―制作の過程はどうでしたか? 工夫したところは?
これまでも長くこの仕事をやってきましたから、今回だから特別に何かを試みたということはありません。今までと同じように丁寧に、なかでも主人公の双子姉妹の気持ちを丁寧に丁寧に撮ろうと、それだけ注意して作りました。
技術面でいうと、やはり35ミリで画面に奥行きがよく出ますから、それをどう際立たせるかにこだわったところはあります。映画の中にはモノレールの高架下の場面がなんども出てきますが、なんでそんな変なロケ地を選んだかというと、都心にあって奥行きが実感できる空間というとあそこだったんです。ちなみに、双子がひとりになってしまう物語とモノ(1つのものをしめす接頭語)をひっかけてもいます。
―ここを見てほしいというところは?
もちろん、どことは言わずに映画全部を見てほしいわけですが、あえて言えばやっぱり主人公の双子姉妹の心の絆ですね。これは双子に限ったことではなく、人と人との普遍的なつながりみたいなものを感じてもらえれば嬉しいです。そうすれば、2011年に撮った意味があります。やっぱり2011年に作る映画だというのはそうとう意識しましたから。
ラストでは、大望遠ショットが実現しました。本当は空撮がやりたかったシーンなんですが、さすがにそれは無理で(笑)。でも、制作部が良いロケ場所を見つけてきてくれたおかげで、日本映画ではちょっとありえないほどのショットになりました。注目してください。
―仕上がりには満足ですか? 反省点は?
まずは大満足です。キャストの芝居はもちろん、スタッフ全員が本当によくやってくれました。今回は「若手映画作家育成プロジェクト」ということだったので、私も若手に立ち返って、現場では各ポジションのプロのスタッフとキャストにおまかせしようという態度をとってみたんです。これが実に心地よかったです。
映画を見て頂いて駄目なところがあったら、それはもちろん私の実力のせいです。自分自身の反省点を挙げると、たくさんあります。ひとつは、やはりまだまだ脚本が甘いなというところです。
―35ミリでの映画作りについて、もう少し聞かせてください。 やっぱりアナログはいいですよ。そもそもの話ですけれど、まずフィルムがカメラの中でガラガラと音をたててまわっているのがいいです。思わずカメラの前で正座したくなってしまいます。デジタルとは緊張感、重みが違うんです。おのずと丁寧に撮ってしまいます。
こういうのって、やっぱり古い者の感覚なんでしょうか(笑)。かつて助監督時代には、(フィルムがもったいないから)カチンコは3コマ以内に抜けと指導されたものですよ。今のデジタルだと、だらだら流しちゃって、どうしても適当に撮ってしまうところがあるんですよね。
本当にこの10年くらいで、映画制作の現場から35ミリ作品が減っちゃったんです。現場スタッフも、デジタルの画質もずいぶん良くなったし、これからはデジタルでもしょうがないねと思っています。でも、こうして35ミリを経験すると、やっぱりこうやって映画は撮るものだなとあらためて思わされます。
―これまでのキャリアについてあらためて聞かせてください。
はじめに映画監督になろうと思ったきっかけは小学校5年生のときに見た「ローマの休日」ですね。日本映画学校を卒業して業界に入って、助監督を実質15年くらいやって、ここ10年くらいはVシネマなんかで演出やらせてもらったりしながら、やがて仕事がなくなり今は失業中です(笑)。
業界に入った初期はぼろ糞に怒られましたけれど、助監督をやっていても嫌だとか思ったことは全然ありませんでした。尊敬する監督につくこともできましたし。助監督は、一般の人が思っているほど変な仕事じゃないんだということは言っておきたいですね。
助監督ってコキつかわれるのが仕事じゃないんです。あくまで監督を助ける役割で、そのためにスタッフを動かすのが仕事。逆に人に使われているようだとそれは駄目な助監督です。
―「ndjc」に参加したきっかけは?
よく知っているプロデューサーからこんなのがあるけれど参加してみない? と声をかけていただいたんです。それまで「ndjc」の存在は知らなかったというのが正直なところです。
作品を撮りたかったですし、(『ndjc』の募集期間だった)昨年の春なんて自分が一番壊れていた時期でしたから、とにかく参加して本当によかったです。充実感があります。それに、35ミリでやれたのが、やっぱり映画人として特別な思いがあります。
―プロジェクトを通じて学んだことは?
これまで監督として肩肘張り過ぎていたんだなと実感しました。あらためてスタッフとキャストの役割というものを再認識することができましたね。
ちょっと前に撮ったもので、僕がひとりで暴走してしまって上手くいかなかった作品があるんです。今回は“若手”として、一流のスタッフやキャストの皆さんお願いしますという姿勢になってみて、監督ってこれで良いんだなとよくわかりました。次回作にむけて大いに勉強になりました。
―今後の目標を聞かせてください。
撮り続けられる監督になりたいです。バジェットやジャンルに関係なく、どんな作品でもできる映画職人が理想です。目標は、口に出すのもおこがましいですが、クリント・イーストウッドです。81歳で年に1本ペースで撮ってるなんて、素晴らしい。本当にすごいことです。作品を作っている間って、現場から刺激を受けて一番頭がまわりますから。この頭がまだ熱いうちに次回作に向けて動きたいですね。
―最後に、自由にアピールを。
この作品を見て、気に入ってくれるプロデューサーがいたら是非お仕事ください。一緒にやりましょう。これに尽きます。
これまで作っていたのと違った感動系の作品を撮って、まわりからは意外だと言われるんです。今回の作品を観てこんなことも出来るんだなと思ってもらい、今までの作品を見てあんなこともできると思ってもらいたいですね。
「ndjc 2011」一般向け特別興行日程:2012年2月25日(土)~3月2日(金)
場所:ユナイテッド・シネマ豊洲
時間:2月25日/18時10分~21時30分 ※5作品上映後に監督5名によるティーチ・インを実施
2月26日~3月2日/18時40分~21時30分 ※上映前に監督による舞台挨拶を実施
入場料金:1000円均一
「ndjc」公式サイトで詳細のほか、お得なチケット情報などを順次掲載
(C)2012 VIPO
※記事は取材時の情報に基づいて執筆したもので、現在では異なる場合があります。