映像産業振興機構(VIPO)が実施・運営する文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」。2006年度にスタートして以来、国を挙げて次世代の映画監督を見出そうと取り組んでいる。指導にあたるのはアルタミラピクチャーズ代表取締役社長で映画プロデューサーの桝井省志氏。昨年度からスーパーバイザーという肩書を担い、ほか数名の講師陣と共に若手映画作家の発掘に尽力している。
今年度のプロジェクトもいよいよ最終段階。夏のワークショップを経て選ばれた5人が、最終過程の製作実地研修に進み、現在35ミリフィルムで短編映画の制作に励んでいる。1月中には完成し、2月以降に予定されている上映会でお披露目される予定だ。
さまざまな若手支援システムがある中、国が主導する「ndjc」への業界の期待は高く、それだけ求められるものも多い。また、デジタル化の流れにあってフィルム主義に対する批判も一部にはある。しかし、桝井氏はそれらの声に良質な作品、人材を輩出することで答えていくという。はたして今年度はどんな答えを用意しているのか聞いた――。
―スーパーバイザーを務められて2年目になります。まずは昨年度の総括をお願いします。
非常に面白い経験ができたというのが率直な感想です。
プロジェクトに参加した若手映画作家たち、なかでも製作実地研修で1本映画を作りあげた5人には、あの経験を生かしてもらわないといけません。完成作を見てもらった映画会社のプロデューサーらから監督たちにオファーもかかりつつあります。具体的な形になるのはまだ先でしょうけれども。
いずれにせよ、このプロジェクトの成果というのは彼らが次にどのような作品を生み出してくれるのかということにかかっていますから、私ももちろんバックアップはしますが、それぞれに頑張ってもらわないといけませんね。
― 1年を通して見えた課題もあったのでは?
そうですね。これは課題といえるかどうかわかりませんが、商業映画監督を志している人たちが、いわゆる自主映画と呼ばれる方面にだけいるのではないのだなとはっきり気づくことができました。
製作実地研修での撮影の様子をいくつかのぞいてみて目の当たりにしたのは、現場スタッフが実に優秀で、基本的にどんな新人の監督でもスタートとカットさえかけられれば映画が撮れてしまうという事実です。一方で、そのような現場を支えているスタッフらの中にも監督志望者がもちろんいるわけで、特に最前線で走り回っている助監督の方々に、撮るチャンスを与えてあげたいなと。自戒を込めてそう思いましたね。
それに、映画業界だけでなく色んな映像に携わっている人が商業映画の監督になることを目指しているんですね。CMディレクターもいれば、テレビ制作会社の人もいる。いわゆる自主映画の人たちだけが今後の日本映画の担い手ではないんだよということで、このプロジェクトにもっと広い分野の人たちが参加できる環境にしなければと。結果的に、今年はそうした人材を例年以上に募ろうと力を入れました。
>>昨年の「ndjc2010」実施時に行った桝井氏へのインタビュー記事
―ということは、桝井体制2年目でプロジェクトは変化しましたか?
“桝井色”みたいなものを打ち出すつもりはまったくないんです。私の次にまた違う方がスーパーバイザーとなって、そこでさらに新しい考え方が入ることで、プロジェクトがどんどん変わっていき、商業映画監督を志望するあらゆる方にチャンスが広がってゆくのが理想ですね。私はまず今年度も精一杯やらしていただくだけです。
ただ明らかなのは、いろんな場所いろんな形で映画監督になりたいと活動している人がいるわけで、その人たちをサポートしていくということが、日本映画全体のレベルアップに確実につながるだろうということです。このプロジェクトをずっと続けて蓄積していくことで、10年後、20年後の日本の映像文化が確実に向上するでしょう。それは間違いありません。
―今年も夏に製作実地研修に参加する5人の選考を兼ねたワークショップが行われました。
今年は計68人の応募があり、その中から15名に参加してもらいました。やったことは、5分間の短編制作とその講評ですので例年とほぼ同じですが、今年は製作実地研修で撮りたい作品について、事前に提出してもらったシナリオの意図などを聞く個別面接をカリキュラムに加えたんです。
若手映画作家のみなさんはプロのライターではないので、シナリオを読んだだけでは作品の真意をつかみきれないところがありました。こういうものを撮りたいからこういうシナリオなんですと個別に説明してもらったことで、方向性は間違っていないけれどシナリオが力不足なんだなとか、あるいはその逆であるとか、そういうことが良くわかりました。また製作実地研修に挑もうとする個々のモチベーションも感じ取れましたし、面接の時間を設けたのはとても良かったですね。
―そうして今年度も製作実地研修に参加する5人が決まりました。
これは意図的にそうしたのではなく結果的にそうなったわけですが、純粋無垢な自主映画の人は今年度はいません。5人ともになんらか映像の仕事に携わりながらも商業映画監督への道を模索している人たちです。
そういう意味では、過去5年より完成作のレベルが高くないと困ります。一方で、自主映画作家が撮るようなとんがった作品と比べて、なんだか疲れてるんじゃないの? というような作品にならないかという心配もあります。ただ非常に楽しみな5人なんです。このプロジェクトがなければ撮るチャンスに恵まれていない人ばかりですから。
―5人それぞれについて教えてください。
まず、七字幸久さんは商業映画の助監督をかなり長く務めていて、今ではもう監督という肩書もあるんだけれど長編映画は撮ったことがないという方です。日本映画界に一番たくさんいるタイプの“失業監督”そのもの。もしくは、助監督でチーフまでいったけれど、その後どうしようと困っている運のない人たちの代表者ですね。
谷本佳織さんは、東映に芸術職研修契約者募集で入社し企画製作部で働いていたのですが、もう間もなく契約期間が満了となるんです。東映で携わった最後の作品が「はやぶさ 遥かなる帰還」(2012年2月11日公開)で、この作品ではアシスタントプロデューサーを務めています。映画畑の人だけれど、純粋に演出家としてだけキャリアを積んできた方ではないですから異色といえば異色です。
中江和仁さんはCM制作会社サン・アドのディレクターで、すでにその業界では第一線で活躍しています。映画監督を目指し、ndjcには2007年から毎年応募されてきたそうなんですが、なぜかこれまで選ばれることがなかったんですね。今年はタイミングが合って選ばれました。
藤澤浩和さんは、まさに今現在、商業映画の現場で助監督として走り回っている方です。助監督としてセカンドくらいの立ち位置でチーフまでには到達していない。すでに監督を経験している七字さんとは違います。ndjcには2度目のチャレンジで製作実地研修に参加することになりました。
やましたつぼみさんは普段はテレビ番組のディレクターをされているんです。有名な散歩番組などを担当されていらっしゃるそうです。それにプラスして、自主映画を制作されています。これが大変個性的な映画を撮られるんですよ。
>>「ndjc2011」製作実地研修に参加する5人のプロフィール詳細
―それぞれ、どんな映画ができあがりますか?
5人とも背景も経験もまったく異なるだけにバラエティに富んだ作品になります。
助監督経験のある七字さんと藤澤さんは、とんがった作品というよりはむしろ肩の力をぬいて楽しめるウェルメイドな作品になるんでしょう。やましたさん、中江さんは他の映像分野でやってきた方ですから、少し変わったものになるでしょう。谷本さんはご自身で持たれている確固たるテーマに挑みます。
趣の異なる5作品を同じスクリーンに並べると、少し違和感が出てしまうかもしれませんが、それもまた面白いんじゃないですかね。
>>昨年の「ndjc2010」ではどんな作品が出来上がったか?
―ndjcに求められているものとして完成作の上映機会の増加が挙げられます。特に一般層に対してです。
それはまさに宿題ですね。今年度で一気に解決できることではありませんが、これまでのように業界人向けの合評上映会だけでなく広く一般向けに上映する機会も増やしていきたいと思っています。映画祭などにも呼んでいただけるのであれば積極的に出していきたいですね。
一般からさまざまな意見を聞けるというのは若い映画作家にとって貴重なことです。例え批判めいた感想であっても、若い人には吸収する力がまだまだありますから。しかし、そういった場は映画祭などでないとなかなかないですよね。もう少しなんとかしていかないとと感じています。
―ndjcを経て商業映画の舞台で活躍する監督の誕生が期待されています。
そうですね。しかし、こればっかりは無責任なようですが本人次第というところもあります。過去にこのプロジェクトを卒業した監督のところにもいろんな誘いはあるようです。ただそれを実際に実らせるのは、そう簡単ではないですよね。そこでそれぞれがどう頑張るかがやはり大事です。
チャンスはあるのですから、必ずつかんでもらわないといけません。このプロジェクトを主導する私たちにももちろん責任があるので、例えば私もプロデューサーとして何人かの監督と組んでみようかと企画もしています。しかし、具体的にはまだもう少し先ですね。
>>昨年の「ndjc2010」に参加した藤村享平さんは〈D‐MAP2011〉でメガホンをとる
―デジタル化の流れは顕著ですが、ndjcでは35ミリでの映画製作にこだわってきました。
確かに、業界の流れでいうとデジタルが主流になりつつあります。ビデオで撮ればこのプロジェクトだってもっと身軽なものにすることができます。しかし、あえてそうはしないことが意義深いのです。
35ミリで撮り編集することは本当に貴重な経験になるのです。私のように映画会社の経験があるものにとっては特にそう実感させられます。もしかすると5年後には新作映画の100%がデジタルになるかもしれません。でもだからこそ、今フィルムで映画を作るということをやっておかないといけないのです。日本映画界はこれまでフィルムを通して知識や技術を蓄積してきたからです。それを一気に捨ててしまうのは非常にもったいないことじゃないですか。
35ミリにこだわるということに関して言うと、まさに今が踏ん張りどきだと思っています。ここ2、3年の間にこのプロジェクトでどういった作品を見せることができるか、その意味は本当に大きいと思います。
外部からこの時代にフィルムを使って経費が無駄じゃないの? と言われないよう、またそうした疑問に対して、我々は作品を通じて答えていかなければなりません。ですので、製作実地研修に参加する5人は、フィルムで映画を作るという意味について、しっかり実感し理解してもらわなければなりません。
―最後に業界に発信したいメッセージを。
とにかく、ひとりでも多くの方にndjcで完成した映画を見ていただきたいと思います。いかに意味のあるプロジェクトか、そして良い人材がたくさんいるか理解していただけるはずです。才能ある新人監督を探していらっしゃる方はご相談ください。いつでも御社まで連れて行きますから。
私も指導講師のみなさんも、本業を差し置いて、夏からこれまで熱血を注いできました。製作実地研修に参加する5人には私たちの思いも込められています。必ず良い作品になりますから、期待してください。
(了)