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【大高宏雄の興行戦線異状なし Vol.141】
「凶悪」、映画のエッセンスがリリーに集約

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【大高宏雄の興行戦線異状なし Vol.141】
「凶悪」、映画のエッセンスがリリーに集約

2013年09月27日

 白石和彌監督の「凶悪」を見たのは、完成すぐの4月の中旬だった。第22回日本映画プロフェッショナル大賞(以下、日プロ大賞)で、特別上映をしようと思ったのである。角川大映のスタジオまで行った。

 監督が、若松孝二監督の弟子的な存在であったこと。前作「ロストパラダイス・イン・トーキョー」を、2009年の秋に開催した日プロ大賞の復活イベントで上映したことが、特別上映を目論んだ理由だった。

 第22回の日プロ大賞では、「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の井浦新が主演男優賞を受賞したこともあり、昨年亡くなった若松監督の映画にかけた情熱を、「凶悪」上映も含め、日プロ大賞で再確認したかったのである。狙いは、“若松DNA” が満載になった日プロ大賞の実現であった。

 ただ残念ながら、諸々の事情があり、「凶悪」は上映できなかったのである。一つ、理由を挙げておけば、“興行の壁” が、歴然とあった。映画賞といえども、上映は “興行” と断じられる。新作上映の難しさが、そこにはびこる。

 映画は、面白かった。リリー・フランキーが登場して以降、破天荒になる。ぐんぐん、良くなる。リリーは、未見の「そして父になる」はともかくとして、今年の助演男優賞候補が、有力視されるだろう。とぼけ具合とリアル感。両者を混在させ、表現できる俳優は貴重である。

 その「凶悪」が、ヒットのスタートを切った。9月21日から新宿ピカデリーなど全国78館で公開。21~23日までの3日間では、全国動員3万6354人・興収4928万8800円を記録。興行通信が毎週発表している週末の興行ランキングでは、8位に食い込む健闘ぶりだった。

 同じ日活の配給作品ということで、誰もが「冷たい熱帯魚」のヒットを思い出すだろう。公開館数が違うから、この2作品の興行は単純に比較できないが、興行の形の共通性は特筆していい。

 暴力、あるいは暴力性への親近性である。この暴力は、ちょっと説明がいる。おぞましいが、どこか、リアル感がスコーンと抜けた感じとでも言おうか。演技者としてのその象徴が、リリー・フランキーだろう。この時代のつかみどころの無さが、突拍子もない暴力、暴力性として、映画の底に沈殿しているのだ。

 映画は、若者のデートムービーにさえなっているという。これは、意外でも何でもない。「冷たい熱帯魚」が、すでにその “境地” に入っていたからである。

 「凶悪」は、“若松DNA” という製作の一つの道筋から、別の領域に入りつつあると言えようか。それは観客が、映画から別様の意味を見出し始めたからである。

(大高宏雄)

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