手塚プロダクションが、「鉄腕アトム」の新作TVアニメーションを製作していることがわかった。タイトルは「リトルアストロボーイ」。11分×全52話の予定。2019年2月の完成に向けて、現在は脚本を開発中だ。
手塚治虫の代表作である「鉄腕アトム」は、1963年に初TVアニメ化されて以降、1980年、2003年と、ほぼ20年おきに新作が作られている。今回の新作は、未就学児を対象とした物語・キャラクターデザインであり、日本はもとより、海外市場での展開も強く意識している。手塚プロは今作でアトムのファンを若い層にも広げ、再び人気を拡大させたい考えだ。
同作は、フランスのプラネットニモ・アニメーション社と共同製作している。その取り組みには、「鉄腕アトム」のこれまでにない新たな展開を目指す手塚プロの考えがあった。経緯と意図について、手塚プロの鈴木良美プロデューサー(=写真)に話を聞いた――。
■アトム人気を国内外でもう1度――まず、「リトルアストロボーイ」を製作するに至った経緯を教えてください。16年ぶりの新作となります。
鈴木 「鉄腕アトム」は原作の漫画が1952年から連載され、1963年に初めてTVアニメーションが放送されました。それ以降、1980年、2003年と新作アニメーションを製作し、今回が4回目の新作にあたります。ちなみに、日本では1963年のアニメは大ヒットで、1980年は裏番組に人気作があり苦戦しました。2003年はまずまずでしたが、期待値が高かったので、もうひと伸び欲しかったのが本音です。
アトムの知名度は今も非常に高いですが、その一方で、1963年の放送当時に視聴しアトムに思い入れの深い層が、高齢になってきています。ビジネス的な側面を申し上げると、20年ほど前までは、(グッズなどの)アトムのキャラクター利用希望は次々と寄せられていましたが、そういった決裁権を持つ方々が徐々に会社を引退し、アトムを観ていない世代が中心になってきています。このままでは、アトムが忘れられてしまうという危機感があります。まだアトムに思い入れのある世代が残っている今が、アトム人気を再燃させる最後のチャンスだと思っているのです。
それともう1つ、海外市場での可能性の高さを見込んでいます。過去のTVアニメは3シリーズともに、全世界にセールスされ、当時親しんだ人が世界中にいます。クリエイティブな仕事をしている人も、アトムを観て育った人がたくさんいます。しかし、いずれにしても、このまま放置しておけば世界のアトムファンがリタイアしてしまいます。ゼロになる前に、当社の看板であるアトムのキャラクターとストーリー、テーマを新しい世代に伝えないといけない。その思いで今回の新作を企画しました。
――未就学児を対象にした作品になるそうですが、これはどういう意図でしょう。鈴木 日本では、子供向けアニメーションは「ドラえもん」「ポケモン」など多くの人気作が存在しますが、もう少し下の世代である“未就学児向け”の作品となると、「プリキュア」や「アンパンマン」が代表的ですが、作品数はそれほど多くありません。新たに参入する場合は、この層に向けた作品をきちんと作れるなら、勝算があるのではないかと考えました。
それと、アニメと言えば、日本では大人向けの作品も多いですが、海外ではアニメとアニメーションは区別され、商業アニメーションのマーケットは小児と幼児のものです。そのマーケットに向けて投入していく。ちょうど、1980年のTVアニメを観ていた層が親になっている時期で、その世代の子供たちの視聴が見込めると思います。
――フランスのプラネットニモ・アニメーション社と共同製作するということですが、これはなぜですか。
鈴木 ワールドワイドで展開するにあたり、各国のレギュレーション(規制)や、受け入れられる内容を熟知しているパートナーと組むことが必要だと思いました。未就学児向けの作品となると、各国で規制があります。例えば、血が出る、イジメを描く、子供が危ない目に遭う場面はNGなど、アメリカを筆頭に厳しいレギュレーションがあります。「ドラえもん」なら、しずかちゃんのお風呂のシーンはNGとか。日本で、海外に向けた未就学児向けアニメの事情に詳しい会社は、それほど多くありません。
加えて、海外はユーモアのトーンなどは日本と全く異なります。そのあたりのノウハウを持っている会社を海外で探していたところ、フランスのプラネットニモ・アニメーション社と出会う事が出来ました。フランスは、元々ヨーロッパの中でもアトムの認知度が高く、また手塚治虫のマンガ作品の評価も高いので、彼らの中にはかつてアトムを観て育ち、リスペクトを持っているクリエイターも多く、未就学児向けアニメーションの制作でも高い実績がありますから、パートナーとして取り組んでいく事にしました。
■製作費の大半をプリセールスで担保――11分の52話という構成になりますが、製作費はいくらですか。
鈴木 約680万ドルです。日本円では7億円強ですね。
――出資会社はどちらですか。
鈴木 本作は、少し特殊な形で製作費を工面しています。というのも社命で、製作費の大半を社外から調達しなければならないという課題がありました。紆余曲折ありましたが、現在では海外へのプリセールス(放送権販売など)により、すでに製作費の大半を担保できています。また、制作の主要部分をフランスで行うことにより、フランスからの補助金を確保することもできました。プリセールスは想定以上に好調に推移し、欧米、中国、一部東南アジアなどへの販売が決まっています。これらはすべて出資ではなくライセンスですので、出資会社という意味合いでは、弊社とプラネットニモ社の2社という事になります。
――そこまで海外で好調だった理由は何でしょうか。鈴木 1つは、「アトム」という作品の知名度の高さです。IPの知名度と、良質なエンターテイメントを求めているニーズがあり、それに応え得る作品コンセプトが受けいれられたこと、またかつてのファンにも親しみやすさを残したキャラクターデザインなどが評価されたのではないかと考えています。もう1つは、幼児向け作品で実績のあるフランスのアニメーション会社が制作に携っていることです。日本のアニメは大人の鑑賞に堪え得る表現の緻密さ、ストーリーの発想力が評価されていますが、未就学児向けの作品に関しては、バイヤーは日本独特の表現をそれほど好んでないのではないのかと感じていました。そのような日本アニメへのイメージに対し、欧米マーケットで実績のあるヨーロッパのプロデューサーが関わることが信頼につながり、手を挙げてくれた会社が多いのだと思います。
さらに、作品を説明する時に、欧米では一般的に使われている「バイブル」を作ったことも貢献しています。バイブルは、作品のコンセプトやメインキャラクター、ターゲット層、テーマなどの要素が詰め込まれた説明資料です。日本の作品を売る時に陥りやすいのは、その世界観を伝えようとするものの、細かなテーマやターゲット層が相手に伝わらないことです。
今回はまず「バイブル」のためだけにコンペを行い案を募りました。そして最終的に採用させていただいたのがプラネットニモ社のものでした。バイブルを活用したことで、各国のバイヤーに作品の内容を理解してもらえたのだと思います。
――プラネットニモ社は、どのような作品内容を提案してきたのですか。鈴木 バイブル制作にあたって、まずはこちらから、作品に取り込んでほしい最低限の要素を伝えました。未就学児がターゲットであること、テーマを“思いやり”とし、同じ地球上の住人として人や自然と共存する道を切り開く希望を提示する作品とすること、アトムの能力や性格などです。そして、欧米でも通用する作品にしてほしいということです。その考えをもとに、実際にプラネットニモ社からは素晴らしい作品アイデアが挙がってきました。
それは、自然科学をテーマに、アトムたちが毎回様々なミッションに臨む、問題解決型のアドベンチャー番組です。主人公はアトムに加えて、子猫のAIロボット「アストロキティ」と、天才少女「スズ」のトリオです。勇敢で思いやりのあるアトムだけでなく、ユーモアのある場面を担当するアストロキティと、3人の中で唯一人間の女子であるスズの愉快な3人が、問題解決に大奮闘するという内容になります。我々の取り込んでほしかった要素をさらに発展させ、「多様性を受け入れる」「他者への思いやり」に「問題解決」というテーマを打ち立てて、番組のコンセプトを作ってくれました。ちなみにアストロキティは、手塚の漫画「アトムキャット」から着想を得ています。
――日本ではどのように展開していきますか。鈴木 営業を開始したところで、放送開始時期などは未定です。今は脚本を開発中で、全52話の完成は2019年2月を予定しています。この作品は、TV放送だけに留まらず、キャラクターグッズの展開や、絵本の制作も考えており、ゆくゆくは、未就学児が必ず通るような人気作品に育て上げたいと思っています。本作はオリジナル言語が英語、フランス語ですし、テーマの1つが「自然科学」なので、英語や自然科学の学習本の出版も視野に入れています。当社の20年、30年先を見据えた重要な事業になると確信しています。 了
(取材・文・構成 平池 由典)