メディアの責任、コンテンツの質、人材の不足…
11年目の韓流、嫌韓を越えて―古家正亨氏に聞く
2014年02月28日
▼では、2013年に韓国ではどんな音楽、ドラマ、映画がヒットしたのか。音楽では、SMエンターテインメントの男性12人組グループ「EXO(エクソ)」の露出が目立った。1stアルバム『XOXO(Kiss&Hug)』は、韓国で12年ぶりのミリオンセラーを記録した。
ドラマでは、『いとしのソヨン』『頑張って、ミスター・キム!』『最高だ、イ・スンシン』『百年の遺産』『天まで届け、この想い』などが視聴率20%を超えた。また、映画では『7番房の贈り物』が動員1000万人超を達成したのをはじめ、『スノーピアサー』(原題:雪国列車)、『観相』といった作品がヒットを飛ばした。
▼古家 2013年の音楽に関しては、どのランキングでもEXOが1位でした。じゃあ、それをアイドルグループの人気は健在と受け取っていいのか。数字を見ると、韓国盤、中国盤、リパッケージ盤、スペシャル盤、そういうものすべて合算したものということがわかります。では、単体で顕著なヒットを飛ばしたのは誰だったか。日本でも1980年代から1990年代に活躍したあのチョー・ヨンピルの10年ぶりの新作アルバム『Hello』でした。
チョー・ヨンピルの復活は、韓国で音楽の多様化が進んでいることの表れです。アイドル全盛の時代は、2、3年前に終わっています。韓国のアイドルブームって、日本でいう1990年代の小室(哲哉)ブームに該当すると思うんです。日本は小室ブーム終焉と同時に、大衆層でも音楽の多様化が進みました。今韓国がまさにその時代を迎えています。そういう意味では、韓国の音楽界には、まだまだ未来があると思います。
一方ドラマですが、2013年のドラマには目立ったヒットがなかったんじゃないでしょうか。注目すべきトピックスとしては、日本作品のリメイクが多かったことです。あれだけ栄華を誇っていた韓国ドラマ界もさすがにネタ切れを感じずにはいられません。かつ、俳優のギャラの高騰もここ数年ずっと問題になっています。一番高く権利を買ってくれる日本で人気の俳優を出して、演技に関しては発展途上であっても、人気アイドルも出演させることで、コンテンツの価値を上げようとするドラマが増えました。こういった作品は韓国ではあまり求められていませんからヒットしない。韓国でヒットしないと日本でもやがて当たらなくなるという流れに陥っています。
ただ映画は事情が異なります。2013年も韓国の映画産業は盛況でした。振り返れば、2000年日本公開の『シュリ』が韓流の先駆けですが、『私の頭の中の消しゴム』(2005年日本公開)まで上昇気流で、やはり日本市場を意識した中身重視ではないスターシステム中心の大作映画ばかり増えて、一度ダメになりました。でも、再び這い上がった。世界的な映画祭での受賞でインディペンデント作品も高い評価を受けはじめ、日本でも公開規模は小さいものの一定のファンがつき、いわゆる韓流とは違うマーケットができています。
●K-POPと日本側の罪…もし東方神起が分裂しなかったら
▼日本に比べればはるかに規模が小さい韓国のエンタメ市場。音楽、ドラマ、映画それぞれ程度の差こそあれ、この10年、海外を意識し、特に日本に大きな期待を寄せてきた。それが成功とともに過剰を招き、結果として本質を見失ってしまった――古家氏の考えだ。まして、韓国は多様化の時代を迎えている。
特に韓流ブームの失速について、古家氏は「K-POPが日本における韓流を大きく変えた」と言う。ラジオDJ出身で、いち早く韓国音楽に目をつけ日本に紹介、レーベルも主宰してきた第一人者ともあって特に厳しく指摘。韓流というくくりでも、ドラマ、映画と同列にはできないK‐POPの“罪”を聞いた。
▼古家 映画だったら『シュリ』から13年かけて今の状況ができている。ドラマも『冬ソナ』からの10年の間に、いくつか核になる作品があって今に至るわけです。映画、ドラマが作ってきた流れを後から追ってきた音楽、いわゆるK‐POPが日本における韓流の流れを大きく変えてしまったと私は思っています。
K-POPの成果主義ってドラマ、映画よりさらに短期決戦なんです。アイドル中心のコンテンツですから、ただでさえ若いうちじゃないといけないし、男性なら兵役もからんできますから。5年以内に成果が求められるんです。KARA、少女時代が日本デビューしたのが2010年なのを考えると、今がだいたいその時期です。そういったことも2013年が韓流のターニングポイントになった要因だと考えます。そもそも、日本の音楽業界の慣習と違うのです。
とはいえ、韓国国内でのやり方を続けていれば、ここまでひどくならなかったと思います。本来のK‐POPアイドルグループって、5年、長い人は10年近くも練習生生活を続けて、そこからさらに厳選されようやくデビューさせるというシステムでその質を保っていたんです。それが、日本で稼げると知って、短期間でポンとデビューさせるようになってしまった。さらに、韓国で経験を積んでいない状況で、日本でステージデビューというアイドルも増えました。ファンには喜びがある一方で、それでいいのかという想いも少なからずあると思います。
とにかくあせりすぎだと思います。そして、最近、K-POPの定義も曖昧になりつつあります。作曲家は外国人だし、歌詞は日本語だし、ただ歌って踊っているのが韓国人であるというだけ。今後も韓国が、自国のコンテンツを“K”という冠をつけて打ち出すなら、どこまで韓国色を打ち出すのか、あいまいにするのか。韓国であるというメリットと差別化をどう打ち出していくかが重要になっていくと思います。無国籍化を目指すというのであれば、それはそれでアリかも知れませんが。
K-POPブームの象徴グループ「KARA」は日本で連続ドラマ主演も果たした。
▼また、古家氏は日本側の責任も厳しく問う。K‐POPの成功とともに、いつしか品質チェックを怠るようになり、「ビジネスに走りすぎた。K‐POPと冠をつけられるものなら、なんでもOK。どんどん輸入してやろうとなった。結果として今の日本の音楽シーンがある」と言う。
「気づいたら、日本の音楽界がボロボロ」「本来サブカルであるはずのAKB48が大衆化していて、サブカル化しちゃいけないはずの日本の質の高い音楽がサブカルになっている」。過剰なK-POPブームが招いた弊害と指摘する。そして、そのK-POPの人気も失速した。
▼古家 日本側の責任もすごく大きいと思います。気づいたら日本の音楽界がボロボロじゃないですか。2013年の(NHK)紅白(歌合戦)のラインナップ、オリコンのセールスを見ても、自分たちの音楽文化ってどうなっちゃったんだろうと。もちろん実力のある人もたくさんいるし、かつて一世を風靡したアーティストの復活もあってライブは盛況なはずなのに、その人たちが目立たないでしょう。サブカル化していますよね。むしろ、本来サブカルであるはずのAKB48が大衆化していて、サブカル化しちゃいけないはずの日本の質の高い音楽がサブカルになっているという逆転現象が起こっています。
そういった状況においてK-POPの影響は絶大です。育てずして、ある一定のレベルを超えた、日本のアイドルを質的に凌駕するアイドルが、ある一定の人気を誇って、セールスに貢献してくれるのですから、日本のレコード会社にとって、ありがたい存在であることには変わりません。ただ、日本側もビジネスに走りすぎましたよね。K-POPと冠をつけられるものなら、誰でもOKにしてしまった。結果として今の日本の音楽シーンがあると私は考えます。K‐POPに委ね過ぎたところはありますね。最終的に供給過剰となり、人気の失速につながっていきました。
▼日本のK-POPブームの礎を築いた、東方神起がもし2010年に分裂していなかったら―という質問を古家氏に投げかけてみた。東方神起がもし5人のままでいたら、K-POPグループが乱立することはなかったのではないか。もしかすると、韓流コンテンツの質は健全なまま保たれていたのではないか。
▼古家 例えば、東方神起が5人のままでいたとして、韓流ブームがどうなっていたかはわかりません。ただ、5人がもしずっと一緒だったら、BIGBANGをはじめ、ある一定のアーティストの人気は出てきたとは思いますが、2012年までの過剰なまでのK-POP人気は起こらなかったのではと思います。つまり、あの分裂がなければ、東方神起だけが圧倒的な人気を誇っていたと思います。結果論にはなりますが、東方神起が分裂したから、東方神起ファンが他のグループにも興味を持つようになり、K-POPブームが起きたと考えられるんです。
チャン・グンソクが出てきた2009年、2010年頃のドラマブームまでは良かったんです。なんだかんだで、韓流はサブカルでしたから。好きな人はBS、CS、地上波でも深夜とかで見て満足していたんです。好きな人だけが好きであればよかった。ところが、K-POPを、地上波をはじめとしたマスメディアが一気に取りあげはじめた。それがブームであるかのように瞬間的にその話題は広がりを見せました。あれがすべての元凶ではないでしょうか。あのメディアの盛り上がりがもしなければ、幸せな韓流10周年を迎えられたかもしれないと私は思います。
●すべての元凶はメディア 日韓どちらも最悪
▼韓流ブームも失速も、嫌韓もすべての元凶はメディアにある――。コンテンツを個別に冷静に見ず、もてはやした末に政治を絡め見放したメディアの責任。古家氏は「日韓どちらのメディアも都合が良すぎ」と言い放つ。違和感だけが残り、現在の冷え切った両国関係につながった。
古家氏は、いわゆる“韓流ゴリ押し”の末に生まれた嫌韓の感情にも一定の理解を示す。一方、日韓関係が冷え込み嫌韓の波が大きくなった今では韓流コンテンツをほとんど取りあげなくなったメディアを痛烈に批判する。今後の韓流の行方もメディア次第。「メディアがしっかりしないと、良いコンテンツが生まれないし、そうでないと互いに認め合うことも難しい」と提言する。
▼古家 私は地上波テレビで韓流が大きく取り上げられるようになったころから「おかしい」と言っていたんです。明らかに雰囲気が作られているんですから。韓流がサブカルだったときは、ここまで嫌悪感をもって韓国のエンタメを見る人は少なかったと思います。それが地上波での、いわゆるゴリ押しというやつで、あそこまでやられると、興味のない人の気分を損ねてしまってもおかしくない。興味のない人まで取り込んで一大ブームを作ろうと思ったのかもしれませんが、ただでさえ特殊な日韓関係のなかで、韓流、韓流、K-POP、K-POPと言っていたら、そりゃ嫌悪感を示す人も当然生まれてしかるべきでしょう。
マスメディア、特に地上波テレビはやはり責任を感じるべきです。これは、韓流だけに限らず日本のマスメディアの問題点だと思いますけれども。日本でも、BS、CSで多チャンネル化が進んで、ネットもあって、見たいものと見たくないものを選別できる時代です。韓流のようなものを紹介する役割こそ多チャンネル化に期待されていたはず。でも地上波の役割ってそこじゃないですよね。
一方で、ネットの言論とかを見ていると「韓国は韓流をゴリ押ししてくるのに、日本のコンテンツを受け入れていない」と書かれているわけですけれど、それは違います。日本のコンテンツがどれだけ韓国に入っているか、そしてそれが受け入れられているかを知るべきです。テレビ放映されているアニメなんて半数以上が日本製。『進撃の巨人』なんて大ブームです。日本の音楽、ドラマ、映画に興味がないといいながら、P2Pでどれだけコンテンツが出回っているか。それだけでなく、衣食住でいかに日本の影響を受けているか、街を歩けば一目瞭然です。ただ、それがメディアを通じて表に出ることがないだけ。表に出てくるのは、残念ながら日本叩きになるわけです。日韓どっちのマスメディアも最悪です。
メディアがしっかりしないと、良いコンテンツは生まれないし、そうでないと互いに認め合う環境を生み出すのも難しい。日本側も韓国を否定しちゃいけないし、韓国側も日本を受け入れていないなんて嘘を言っちゃいけない。そこをメディアがしっかり伝える努力をすれば、日韓の文化レベルでの嫌悪感ってある程度なくなるはずです。そうすれば、これまでお金になっていない日本コンテンツを“日流”として韓国で正常に流通できる日韓関係もいつかは来るでしょうし、より質の高い日韓共同コンテンツの制作だって実現できるはずです。これまでも例えば、TBS、フジテレビと韓国MBCが共同製作したドラマ『フレンズ』や『ソナギ』(ともに2002年)などは、中身の良し悪しは別にして良い形だったと思います。