ワーナー・ブラザース映画が製作・配給した『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』が、立て続けに大ヒットを飛ばした2014年の映画興行界。興収は2作合わせて95億円に到達。邦画に並々ならぬ力を注いできたワーナー映画に、新たな歴史を刻んだ。邦画事業部本部長の小岩井宏悦氏が映画『るろうに剣心』を総括するとともに、日本の映画製作のあリ方、プロデューサーの未来像について語る。
――2014年の映画業界を振り返ると、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』2部作の大ヒットは、大きなトピックでした。1作目の公開が12年8月でしたが、改めてこのシリーズの映画化の経緯をお聞かせください。
小岩井 1作目は、実は08年くらいから企画は動いていました。当初はキャストも監督も、全く違うパッケージで持ち込まれましたが、それでは弱いと思い、企画を転がしていくうちに、剣心役は佐藤健くんに行き着き、アクションもドラマも撮れる監督として大友啓史さんが第一候補に挙がりました。
――当時、大友監督はまだNHKの社員でした。
小岩井 ご本人に会うと、「龍馬伝」(10年NHK大河ドラマ)で描いた幕末からの流れがあり、健くんとも一緒に仕事をしていることもあり、非常に興味を持っていただきました。結局、大友監督と映画を3本作る契約を結びました。
――大友監督はNHKを辞めることになりました。
小岩井 結果としては大正解でしたが、あの時点でNHKのような安定した会社を辞めることは簡単ではありませんでした。3年間で3本の映画を撮ってもらうという提案をし、決断してもらうことができました。こうした交渉の流れはハリウッドのスタジオであるワーナーらしいやり方だと思います。
――その時から『るろう』を3本作る考えだったのですか。
小岩井 いいえ。その時の3本は『るろう』に限らず、それ以外のものも十分にあり得ると思っていました。とにかく大友さんを説得する材料としての3本契約でした。ただ一方で、『るろう』を始める段階でフランチャイズにしたいという思いはありました。
※インタビュー全文は月刊文化通信ジャーナル12月号に掲載。