ディズニー配給『レンタル・ファミリー』が2月27日(金)に公開される。米国の名門スタジオ、サーチライト・ピクチャーズ提供の作品でありながら、大阪出身の日本人監督HIKARIのオリジナル脚本により、全編日本で撮影された異色作。この作品を製作後、サーチライト・ピクチャーズはイースター島を舞台にアルゼンチンやチリの俳優を起用した作品や、デンマークを舞台に現地語の作品の配給権を獲得したことが報じられており、スタジオが地域に根ざした作品への関心を高めるきっかけとなった、画期的な作品になった模様だ。
主演はハリウッドの名優ブレンダン・フレイザー。一方で共演陣は平岳大、山本真理、柄本明、ゴーマン シャノン眞陽と日本人キャストが集結。レンタル家族という日本独自の仕事を通し、東京に移住したアメリカ人俳優がこれまで感じたことのなかった喜びを見い出す感動作。日本で生まれ育ち、大学からは米国を拠点に活動してきたHIKARI監督の感性と手腕により、日本人が見ても全く違和感のない日本を描きつつ、米国作品としてのルックも纏う絶妙なバランスも注目ポイントの一つだ。
この作品のプロデューサーを務めたのが、東京を拠点とする制作会社ノックオンウッドの山口晋氏。HIKARI監督の出世作『37セカンズ』でもタッグを組み、二人三脚でサーチライト・ピクチャーズ作品までたどり着いた唯一無二のプロセスについて聞いた――。
ノックオンウッドの山口晋プロデューサー
山口氏とHIKARI監督の出会いは、『37セカンズ』(20年2月公開)のさらに前、2010年頃まで遡るという。「彼女が新たなプロデューサーを探し求めているなかで、僕も面接を受けました。カジュアルな格好で行ったのですが『きみ、合格』という感じの出会いでした(笑)」。
その頃のHIKARI監督はすでに米国に拠点を置いており、日本の戦後を舞台に同性愛者を描く短編映画『Tsuyako』が世界各地の映画賞を受賞するなど現地で注目を集めはじめていた。山口氏の参画後、ワインスタインカンパニーとレクサス(トヨタ自動車)の共同プロジェクト(『A Better Tomorrow』)など短編2作品を撮り上げたのち、満を持して初長編映画に挑むことになる。
「彼女の脚本が、2016年のサンダンス映画祭とNHKが主宰する脚本ワークショップに選ばれました。ここで国際レベルの脚本に仕上げられるのです。平栁敦子監督の『オー・ルーシー!』も同じ取り組みの出身です。ただ、あくまでここは脚本を選ぶもので、映画化が約束されるものではありません。ですから、この作品で僕も初めて自身で100%資金集めを経験しました」。
のちに『37セカンズ』と名付けられ、世界で脚光を浴びることになるこの作品は、手足に障がいを持つ女性が新しい一歩を踏み出す姿をまぶしく、愛おしく描く物語。米国の資金も取り込み、国際共同製作作品として挑むことになった『37セカンズ』に、当時NHKに在籍していた土屋勝裕プロデューサーも全面協力の姿勢を見せ、テレビドラマ版および映画版の製作が実現する。
ブレイクのきっかけとなったのは、2019年2月のベルリン国際映画祭だ。音楽を手掛けたアスカ・マツミヤの尽力もあり出品が決まり、『37セカンズ』はここで見事にパノラマ部門の観客賞と国際アートシアター連盟賞受賞を果たす。「受賞が決まった途端に、電話がジャンジャン鳴るんです。その中から選んだセールスエージェントのフィルムズ・ブティックという会社が、ネットフリックスのオリジナル作品としての契約を提案してくれました。最終的に、日本だけは劇場公開し、あとはネットフリックスで全世界配信という形になりました」。
かくして『37セカンズ』は世界中の映画ファンの目に触れることとなり、HIKARI監督は一躍注目の的に。米国の大手エージェントの一つ、WME(ウィリアム・モリス・エンデバー)とエージェント契約を結んだのがその証左と言える。腕を買われた監督は、「TOKYO VICE」のエピソード監督、ネットフリックスドラマ「BEEF/ビーフ」と立て続けに大型作品を手掛け順調にキャリアップ。そんな中で着手したのが、オリジナル脚本による長編映画第2弾『レンタル・ファミリー』の製作だ。
山口氏によると、レンタル家族という特殊な題材を扱うことは、『37セカンズ』で世界各地を回っていた2019年頃にはすでにHIKARI監督の頭の中に構想があったという。このアイデアに、『バッド・エデュケーション』(ヒュー・ジャックマン主演)などを手掛けてきた米国の独立系製作会社サイト・アンシーンが乗る。「彼らがシードマネー(初期段階の資金)として20~30万ドル規模を捻出し、企画開発が進みました。そこからは、サイト・アンシーンがイニシアチブを取って脚本を仕上げにかかりましたが、何せ100%日本的な要素が占める作品ですから、彼らがわからないことも多く、そこは私もアドバイスやサジェスチョン(提言)を行いサポートしていきました」。
ちなみに、米国では、インディペンデント作品でも脚本開発に15万ドルや20万ドルをかけることは当たり前だという。脚本料も費やす時間も日本とは異なる。助言を求めるべく、有力なクリエイターに脚本を読んでもらい、レビューをもらうだけでも、その都度3千ドルのギャラを支払うような状況だという。山口氏がいま米国をベースに福永壮志監督と開発を進めている企画も、やはり同規模のシードマネーを山口氏が捻出している。
『レンタル・ファミリー』の脚本を開発している頃は、ちょうどコロナ禍の真っただ中。コロナ明け後すぐに撮影に取り掛かるべく、この巣ごもり期間を有効活用して脚本に磨きをかけていった。そして並行して進めたのが、米国のスタジオへの脚本売り込みだ。
「サイト・アンシーンは、最初から大手への売り込みを目指して営業活動していました。スタジオだけでなく、ブラッド・ピット率いるプランBといったブランド力のあるプロダクションにも持ち込んでいましたね。そして最終的に、ウェス・アンダーソン作品で知られる製作会社のインディアン・ペイントブラッシュと、サーチライト・ピクチャーズの2社に絞り込みました。この2社では迷いましたが、条件面だけでなく、HIKARI監督の今後のキャリアのことなど複合的な要素を踏まえたうえで、今はサーチライトとやるべきという判断に至りました」。
実は、その頃にはブレンダン・フレイザーの出演も固まりかけていた。『ザ・ホエール』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したブレンダンが、その次の出演作として選んでいたのは大きな後押しとなった。「ニワトリが先か、卵が先か、という話になりますが、ブレンダンのおかげでサーチライトが決まりましたし、サーチライトがついたことでブレンダンも確定しました」と山口氏は明かす。
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ハリウッドのトップ俳優主演のもと、いよいよ日本での撮影を開始したのが2024年の3月。サイト・アンシーンのエディ・ヴァイスマン、ジュリア・レベデフの両プロデューサー、監督と共同で脚本を手掛けたスティーブン・ブレイハット、ラインプロデューサーのジェニファー・セムラーの4氏が来日したものの、その他のスタッフは全て日本人で構成。出演者もブレンダンを除けば全員が日本人。東京だけでなく、長崎県の島原市、熊本県の天草市でもロケを行い、日本の美しい風景をスクリーンに焼き付けた。「HIKARI監督は、どちらかと言えばアメリカスタンダードで進めたい方です。でも、日本でそれが難しいことはわかっているので、日本人の良いところ、アメリカ人の良いところをバランス良く使い分けていました。長年アメリカに拠点を置き、ここに来るまで大変苦労されてきたので、その術を身につけているんです」と、山口氏はHIKARI監督ならではの立ち回りの特徴を明かす。その一方で、絶対に妥協しないという監督のこだわりの姿勢にも触れる。「例えば『37セカンズ』の時もそうでしたが、主人公が最も可愛く映るアングルを目指し、カメラマンに『1センチ下げて』といった注文を妥協せず投げかけます。次第にバチバチになってくるのですが、それでも彼女は戦い抜くんですよね。ですから、監督が注ぎ込んでいるものを理解し、咀嚼できるスタッフで組成されないと、なかなか大変です。ベテランスタッフの中には、彼女にセオリーを壊されてしまう人もいる。でもその壊されたセオリーがきちんと画に表れている。映画を観た時に、彼女が正解だったね、と言わざるを得ない状況になっていくんです。『レンタル・ファミリー』についても、誰が見ても不可思議な日本、でも直感的にスッと理解をさせられる映画になったと思います。オンリーワンの作品になったんじゃないでしょうか」。
また、山口氏は監督の才能だけでなく、今作ではサーチライト・ピクチャーズの功績も大きいと感嘆の声を上げる。「この企画を進めている頃は、ちょうどコロナがあり、さらにハリウッドではSAG(‐AFTRA)のストライキがありました。そんな中で、年に3本ほどしか製作していないサーチライト・ピクチャーズが(日本語台詞の)この作品を選んだのは、かなり勇気が必要だったと思うんです。普通はリスクを背負いたくないはずですから。これは僕の想像ですが、(米国でも)字幕が付く映画が市民権を得ていく時代がやってくるということを、彼らもマーケティングで予期していたのかもしれません」。
こういった作品製作におけるチャレンジ精神だけでなく、同スタジオが参画したことでクリエイティブの面でも大きなプラスがあった。一例として、山口氏は編集段階のあるエピソードを明かす。「当初は別の方に編集をお願いしていましたが、あまりうまく進まなかったんです。そこでサーチライトが別の編集マンを連れてきたところ、劇的に良くなったんです。編集に1年を費やすことを認めてくれたことも凄いですが、新たな編集マンが加わったことがターニングポイントになったのは、HIKARI監督も認めていました。やはり名だたる映画を作ってきたスタジオのクリエイティブ力は的確なんだと思います」。
脚本段階でも、サーチライトは日本の感性や社会性を尊重しつつも、世界の人が見ることを踏まえた提言で脚本作りをサポート。「あのスタジオのクリエイティブチームの中には、異文化、多文化、多言語、多国籍を題材にしたものをきっちり料理できるクリエイターがいる。理解力、クリエイティブ力がすごく備わっているスタジオだなと思いました」と、アカデミー賞作品賞に5度輝く実績に違わぬ実力に山口氏も信頼を寄せる。
メキメキと才能を発揮するHIKARI監督を、ハリウッドのトップクラスの製作陣がサポートして完成した同作。映画批評サイト「ロッテントマト」の一般スコアは96%と非常に高く、日本での試写会でも評判は上々だという。稀有な製作過程だけでなく、類まれな一本の感動ヒューマンドラマとしても要注目だ。
『レンタル・ファミリー』
2月27日(金) 公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(取材・文 平池由典)