キネマ旬報社が千葉県柏市で運営する映画館「キネマ旬報シアター」(柏高島屋ステーションモールS館1F)が、冷暖房設備をはじめとした施設の老朽化に伴い、閉館の危機に陥っている。設備更新を目指し8月末からクラウドファンディング(CF)を始め、10月16日までに1200人以上から2300万円を超える支援が寄せられた。しかし目標額の7000万円にはまだ遠く、同社はさらなる支援を募りたい考えだ。支配人の三浦理高氏に実状を聞いた――。
※この記事は日刊文化通信速報【映画版】2025年10月17日付で掲載したものです。
動員は好調、2025年の興収は歴代2位見込む
前身の柏ステーションシアターが同所にオープンしたのは33年前の1992年。キネマ旬報社が運営を引き継いだのは2013年からで、今年で13年目となる。雑誌「キネマ旬報」でとりあげるようなインディペンデントの作品を、しっかり鑑賞できる場を設けることに主眼を置いた映画館事業参入だった。三浦氏は「東京からそれほど遠くないですし、茨城県や(隣の)流山市から人の流入もある。千葉県はあまりミニシアターがないですし、場所は申し分ない。席数は160席、148席、136席の3スクリーンで計444席もあり、ロビーも非常に広い。編成も色々なトライアルができそうですし、チャレンジすることにしました」と運営開始当初を回想する。
「老朽化のためCFを開始」という字面だけを見れば経営難をイメージさせるが、その実態は異なる。運営スタートから数年間は、いわゆる「サブスク」システムを導入するなど映画館の方向性を模索する期間が続いたものの、2016年頃から、現在まで続く「二番館、単館系(封切含む)、名画座」の3ラインをベースとした編成方針が固まり始め、動員数は右肩上がりに推移。2019年には年間14万人と最多動員記録を達成した。特にシニア女性を中心とした固定客がつき、全国でも成績上位のミニシアターに成長した。ところがコロナ禍が直撃し、2020~2021年の2年ほどは低空飛行が続いた。三浦氏は「コロナ前はシニアの方が7割ほどを占めていましたが、なかなか客足が戻りませんでした。全国的にシニア客の戻りが遅いことを受けて、その層に響くタイプの良作を買い付ける配給会社も減った印象です。そこで、我々ももっと若い層にアピールできる作品編成を意識し、以前は全然やっていなかったような邦画や、アニメーションの特集などを積極的に編成するようになりました」と説明する。この方針転換が奏功し、2023年後半頃から動員数が回復。まだピーク時には及ばないものの、今年は12~13万人を見込む。鑑賞料金をアップしたため、興収ベースでは歴代2位となる見通しだ。コロナ禍前の同館の動員数上位作品は『あん』、『人生フルーツ』だった一方で、コロナ禍後はインド映画『RRR』が最高記録(地元映画の『福田村事件』を除く)をマークしていることからも、若年層が増加していることが見て取れる。
キネマ旬報シアター
ある都内のミニシアター経営者は、キネマ旬報シアターについて「同じ業界から見るとすごく優秀店舗。劇場の運営という観点で言えばSクラス。場所も良く、お客さんがついていて、シニアが戻って来ないと見るや新しい層も取ってくる。編成スキルが高い」と評価する。また、複数のインディーズ配給会社の営業担当者からも「セカンドでは間違いなくオファーする。作品の色によってはファーストでのオファーも全然ある」、「小回りが利いて集客も優秀。絶対必要な映画館」といった声が挙がる。
柏市の推計によると、同市の人口は2035年まで増加が続く見込み。また、映画館のある柏駅西口の再開発計画もあるという。「柏市の広報課とも、うまく(映画館と)連携して何か一緒にできないかと話もしています」と三浦氏。これらが順調に進めば、同館を取り巻く環境はさらなる好転が見込めそうだ。
冷暖房、空調設備、映写機など全てが老朽化
にもかかわらず、なぜCFが必要なのか、13年前の運営引き継ぎ時から「年季が入っているなとは思っていました(笑)」と三浦氏が話すように、開業から30年以上が経過した同館ではあらゆる設備が老朽化し、取り換えが必須になっている。その見積額はCFの目標額が示す通り7000万円。いくら好調に集客しているとはいえ、ミニシアターで得られる利益でまかなうにはハードルが高い。商業施設に入居する同館だが、「契約の関係上、外壁をのぞくと全て我々の資産にあたり、屋上にある冷温水発生器(冷暖房設備)に何かあれば我々が対応し、トイレの換気扇が壊れても、排水溝が詰まっても修理するのは我々です」という。
特に、前述の屋上にある冷暖房設備と、空調設備の状況は深刻化しており、早急な対応が必要だという。「原因が不明なのですが、(冷温水発生器は)夏は連日のようにアラートが鳴り、再起動しています。よくこの夏を乗り越えたなと思います」。送風だけで済む涼しい季節はその不安がやや収まるものの、暖房が必要な冬までには問題を解消したい考え。専門業者からも“全面交換が不可避”との診断が下りており、「せめて12月か1月までに、屋上は何とかしたいです」と最優先事項にかかげる。ちなみに冷温水発生器を新調するために2500万円、工事費で2000万円がかかる見込み。「でも、これもちょっと前の見積りなんです。今はまた工賃が上がっている可能性もあります」と、あくまで最低限の見込みだという。
キネ旬シアターの三浦理高支配人
CFではほかに、安全基準への適合工事(消防・防災)に1000万円、上映機器の全面入れ替え(3台)に1200万円、その他(CF手数料、返礼品、広報)に300万円という費用項目も設けている。三浦氏は「デジタル映写機がうちには3台ありますが、10年リースを終え、さらに3年目に入っています。これも寿命が日に日に近づいており、交換の必要があります。ただ、どんなに安いものでも1台につき500~600万円は下りません。もうそれだけで2000万円弱ですから、本当は(CF目標額の)7000万円でも全ては直せないんです」と思案顔だ。今回のCFによる支援額が固まり、工事のスケジュールが見えた段階で、長期修繕計画の作成にとりかかる予定だという。
実はCFについて、当初三浦氏は抵抗があったと明かす。「すでにお客さんには(映画の)チケットを買ってもらって、だいぶ応援してもらっている。これ以上頼んでいいのかなと。未だに思っています」。しかし現状は、それ以外に手段が無いのだという。加えて、同館が所在する末広町の町会長に「悩んでいるならCFをやった方がいい。末広町もだが、(隣接する)旭町もどこも、みんなこの映画館が無いと困る」と背中を押されたことも、CF実施に踏み切るきっかけとなった。
支援の募集開始にあたり、三浦氏は様々な媒体の取材を受け、続々と記事が露出。その反響は「涙が出るぐらいすごい」という。支援金はCFのほか、劇場の窓口でも受け付けているが、毎日のように地元の同館ファンから支援の申し出があり、CFの1千人を含めて、これまでにのべ2千人ほどの支援を得た。CFサイト上の応援コメントも700件以上におよび、「キネ旬シアターがあるのとないのとでは柏という街の厚みがまったく変わってきてしまうくらい大事な場所」、「私の人生においてなくてはならない場所」など熱い書き込みが並ぶ。三浦氏は「(取材)記事を見て、大丈夫ですか?と言って来てくださる方が毎日のようにいます。お客さんに応援コメントを頂こうと思ってボードを設置すると、瞬時に埋まってしまい、すぐに次を用意したぐらいです。他館がそういった応援をしてもらっているのを見たことはありますが、(自社の劇場で)目の当たりにすると衝撃的に感動しますね。苦しいことが多かったですが、ここまでやってきて良かったなと思います」と地元の映画ファンからの愛に感激した様子だ。
ちなみに、同館は現在も35ミリフィルムの映写機(スクリーン3)を有しており、取り扱うことのできる映写マンが13年前のオープン時から現在にいたるまで在籍している。同じく、オープン時から勤めるベテランスタッフ数人が今も運営を支えており、こういった環境も同館が多くの人から支持される理由の一つだろう。
11月3日まで受け付け中のCFが目標額に未達の場合でも、設備が故障するまでは映画館の営業を継続する。また、集まった支援額次第では、冷温水発生器の新調は叶わなくとも、応急処置などの手段を講じることで、1日でも長く営業を継続できるよう尽力する考えだという。設備更新をめぐるミニシアターの閉館問題は映画業界全体にとっても重要なテーマである。業界内外で存続を求める声が多い同館だけに、今回のCFの結果にはより注目が必要だ。
(取材 平池由典)