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熱量あふれる『ディア・ファミリー』、東宝・岸田プロデューサーが想い語る

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熱量あふれる『ディア・ファミリー』、東宝・岸田プロデューサーが想い語る

2024年06月17日
ディア・ファミリー.jpg


 東宝配給『ディア・ファミリー』(製作幹事:東宝、WOWOW)が6月14日(金)に公開された。娘の命を救うため、小さな町工場の社長が人工心臓の開発を始め、その後、世界で17万人もの命を救うことになるバルーンカテーテルを誕生させた奇跡の実話を実写映画化した。いわゆる“難病モノ”に分類される題材ではあるものの、この映画は悲哀の物語ではなく、絶対に諦めない家族の挑戦と愛を描く。Mrs.GREEN APPLEが手掛けた壮大かつ前を向く主題歌も強力なアシストとなり、希望の光に満ちた作品となった。

 東京国際フォーラムで5月13日に開催した完成披露試写会では、上映前と上映後の2回に分けてキャストの舞台挨拶を実施。主演の大泉洋による爆笑イベントとなった上映前から一変し、上映後の舞台挨拶では場内から熱気あふれる拍手が登壇者に送られ、作品が持つ特異な力強さを窺わせた。プロデューサーを務めた東宝の岸田一晃氏は「見たことのない熱量でした。キャストが話すひと言ひと言に多くの人がうなずいていて、お客さんが単に『泣ける映画を見た』というだけではない顔をされていたのが印象的でした。それがあの拍手の大きさに表れたのでは。めちゃくちゃ嬉しかったですね」と振り返る。

 同作の映画化に動いたのは、今から6年も前の2018年にさかのぼる。人気テレビ番組「奇跡体験!アンビリーバボー」でこの実話が取り上げられたのを岸田氏も視聴していた。「こんな話があるのかと驚きました。放送の翌日には上司に映画化に向けた企画書を提出しました」と振り返る。実は、この放送を同じ東宝の別のプロデューサーも見ており、同じタイミングで企画書が出されていた。「上司から『2人がこのスピードで“やりたい”と考えたなら、やってみたら』と承諾を得られました」と映画化に着手したという。

 ところが、モデルとなった家族に通じるルートが無かった。繊細な題材の企画だけに、安易に飛び込みで映画化を提案するのもはばかられ、とりあえずはリサーチから進めることにした。そんな時に映画化の大きな推進力となったのが、WOWOWの存在だ。同社も同じ題材で映画化を検討していたため、タッグを組んで製作していくことが決まった。「WOWOWさんは、ノンフィクション作家の清武英利さんの小説(「石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの」等)をいくつもドラマ化した実績をお持ちなのですが、その清武さんは『ディア・ファミリー』の主人公のモデルとなった筒井宣政さんと20年来の仲で、昔から取材されていたんです。渡りに船だと思いました。ご家族をご紹介頂き、両社で映画化の許諾を頂いたあとは、プロである清武さんに取材をお願いし、フィードバックしてもらいながら脚本作りを進めていきました」。


『ディア・ファミリー』東宝プロデューサーの岸田氏.jpg
プロデューサーの岸田一晃氏


 監督は、岸田氏の企画プロデュースデビュー作である『君は月夜に光り輝く』のメガホンをとった月川翔に決まった。『君の膵臓をたべたい』に代表されるように、余命わずかの人物たちが織りなす恋愛映画の良作を手掛けてきた月川監督だが、監督自身が子を持つようになったことで、岸田氏は「次は家族の話をやりませんか」と提案したのだという。同様に、主人公夫婦役のキャストを、親の目線を持つ大泉洋、菅野美穂のカップリングに託した。「ひたむきに熱量をもって逆境を打ち返していく人。しかし、そういう人が持つ突拍子のなさ、コミカルな部分を表現してくれるのが大泉さんだと思いました。そしてきっぷのいい、並走してくれるような奥さんの役は菅野さんが良いのではないかと考えました。ベストキャスティングだったと思います」と起用の妙を語る。

 撮影は、順調なら2021年を目指す手筈で進めていた。ところが、コロナ禍の影響により、『ディア・ファミリー』もほかの多くの映画同様にプロジェクトを一時停止せざるを得なくなった。ステイホーム期間が長引き、世の常識が一変、コロナ明けの人々のマインドも予測が難しいなか、東宝社内では様々な企画の見直しが行われたという。同じように陰鬱なムードが日本を覆った3・11の震災後にヒットした映画の傾向を参考にするなど、「いま求められる映画」が模索されるようになった。ただ、そんな中でも『ディア・ファミリー』の企画は全く揺るがなかった。岸田氏は当時を次の通り回想する。

 「社内で、どう考えても(この映画は)必要だろう、という話はしていました。エッセンシャルワーカーの人、医療に従事されている人の努力があってこそ我々は日々生きていることを(コロナ禍は)まざまざと実感した期間でした。筒井さんも、私財を投げ打って娘の佳美さんを救うためにやってきたことが、結果的に17万人の命を救うことになった。周りの人に聞いてみると、けっこうバルーンカテーテルに助けられたという人は多いんですよね。佳美さんは亡くなりましたが、ほかの苦しんでいる人たちを救ってほしいという彼女の願いをご家族が継ぎ、医療従事者の間にも広がり、バトンが繋がれていったからこそ、多くの命が救われました。決して悲しい話ではなく、前を向いて歩いていける話にするべきだと考えました。普通、プロデューサーは『こういうものを作りたい、こうしたら面白いんじゃないか』という発想から企画を立てますが、この作品に関しては『やらなきゃいけない。この事実を届けなきゃいけない』という気持ちでした。意志はすごく固かったですね」。

 こういった作品の方向性が、Mrs. GREEN APPLEに主題歌を依頼する決め手にもなった。難病モノ映画であれば、バラードを主題歌に据えて涙を誘うのがセオリーとなる。しかし岸田氏は真逆を行った。「筒井家の人たちの熱量が色々な人たちに伝播していき、世界に広がっていた実話です。それを体現できるアーティストは誰なのかとすごく考えました。Mrs.GREEN APPLEの曲は、背中を押してくれたり、前を向く曲、自分を肯定してくれるような曲が多いんです。まるで自分が主人公になったような気持ちに浸れる、何か心を突き動かすような熱量がある。本作の主題歌についても、この物語をもっと遠くに、ホープフルに連れていってほしいとオファーしました。デモが上がってきた時は『きたー!』と興奮しました(笑)」。主題歌「Dear」は5月後半に配信され、ユーチューブのMVは早くも400万回以上(6月6日時点)の再生を記録し大きな注目を集めている。

 ただ、この映画が持つ熱量のコアは、何と言っても「実話」が起こした奇跡だ。娘のために人工心臓を作ろうと必死に運命に抗っていた筒井氏が、娘の体の回復には繋がらないバルーンカテーテルの開発に舵を切る決断を下したことは、フィクションではあり得ない展開だ。しかし、このリアリティこそが同作の持つ強みだと岸田氏は分析する。「こういう計算でこう動いてほしいと設計されるフィクションとは異なり、実話はコントロールできないというか、紛れもなく人間がそう動いた軌跡なんですよね。フィクションならバルーンカテーテルの開発に向かわないでしょうし、娘さんが亡くなったところが結末でしょう。でも、この物語が素晴らしいのは、現代にも地続きで繋がっていることです。映画を企画した2018年当初、バルーンカテーテルに救われた人は14万人でした。ところが今では17万人に増えている。僕たちの生活にそのまま繋がっている。これがこの作品の持つ素晴らしい個性だと思います」。

 映画を公開・製作することが困難だったコロナ禍でも、全く揺るぐことなく、むしろより製作する意義が高まり、長い年月を経て完成した『ディア・ファミリー』。ヒット原作をベースにしたわけでもなく、派手な体裁の映画でもなく、宣伝も一筋縄ではいかない作品ではあるが、岸田氏はこの実話が持つ、人と人をつなぐ力に期待を寄せる。「僕たちが“映画”としてこの話を届けるので、観たあなたも誰かに届けてほしいと思います。一人でも多くの人に知ってほしい。観れば、決して悲しい物語ではなくて、自分の人生にも(良い影響が)返ってくる映画になっている気がします。これを受け取ってもらえたなら、そのバトンを誰かに渡してほしい。そういった“人の繋がり”を信じたいと思っています」。



取材・文 平池由典


■『ディア・ファミリー』
原作:清武英利「アトムの心臓『ディア・ファミリー』23年間の記録」(文春文庫)
監督:月川翔
脚本:林民夫 
音楽:兼松衆
出演:
大泉洋 菅野美穂 福本莉子 新井美羽 上杉柊平 徳永えり ・ 満島真之介 戸田菜穂 
川栄李奈 / 有村架純 ・ 松村北斗 光石研 

制作プロダクション:TOHOスタジオ
配給:東宝
公開:6月14日
(C)2024「ディア・ファミリー」製作委員会

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