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ポニーキャニオン、読書支援サービス「YourEyes」開始/開発責任者・黒澤格氏に聞く

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ポニーキャニオン、読書支援サービス「YourEyes」開始/開発責任者・黒澤格氏に聞く

2021年03月23日
 ポニーキャニオンが、視覚障害者や学習障害者、高齢者などの読書困難者を対象とした月額定額制の読書支援サービス「YourEyes(ユアアイズ)」を3月22日(月)にスタートさせた。スマートフォンを利用して、手持ちの本の音声読書を可能にするサービスで、読書に特化した読み上げサービスとしては日本初登場となる。ローンチにあわせ、サービスの開発責任者である同社の黒澤格氏(経営本部 経営企画部 プロジェクト推進グループ チーフプロデューサー)に話を聞いた――。


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YourEyesの開発を担当した黒澤氏

 
 ユアアイズは、新規事業の開拓を近年積極的に行っている同社が、読書をテーマに提案する新しいサービス。スマホに専用のアプリをダウンロード→起動した状態で本の書面を撮影→スマホが書面に書かれた文章を読み上げるという手順で使用することができる。視覚障害者が読書を行う手段としては、通常の活字図書を点字で読む「点字図書」や、音声で聴く「録音図書」などがあるが、ユアアイズはそこに加わる新たな選択肢として注目を集めている。

 こういった音声読み上げサービスはユアアイズ以前にもあったが、日本語は平仮名、漢字、カタカナなどが入り混じる複雑な言語のため、文字を認識する際のOCR(光学文字認識)技術や、音声を読み上げる際のTTS(テキスト音声合成)技術の精度に課題があった。

 しかしユアアイズでは、最新OCR、TTS技術を独自に組み合わせることで快適な読書体験を創出することに成功した。テスト段階でサービスに触れた利用者からの反応も「普段使い出来るレベル」「専門書を読むのに重宝している」と上々で、黒澤氏は「読書というエンターテイメントをより多くの人に届けたい」と意気込む。

 また、黒澤氏が「ユアアイズ最大の特徴」と話すのが、読み上げ修正機能だ。この機能は、視覚障害者ではないサービス利用者が、OCRの読み間違えを見つけた場合、ポータルサイト上の「ボランティアツール」を通して、正しい読み上げデータを運営側に申請、修正できるというもの。修正データが追加された本は、以降自然な読み上げで楽しむことが可能で、単語や固有名詞の読み方、イントネーションを正確にするほか、図や表に音声解説を加えることも可能としている。ユアアイズは80年代以降に国内で発行された180万点以上の書籍に対応しており、修正データが増えれば増えるほど優れたサービスとなっていく仕組みだ。

 さらに、文章の読み上げ機能には、HOYA(株)の最新音声合成エンジン「リードスピーカー」を採用。ボイスキャラクターも3パターン用意し、喜・怒・悲といった感情表現にも対応するなど、既存のサービスと比べ、より人間の朗読に近い読み上げが売りとなっている。


開発の経緯

 黒澤氏がユアアイズの企画を考えたのは2019年の春。神奈川県藤沢市にあるNPO法人「耳から聴く図書館」が47年の歴史に幕を下ろすというニュースを耳にしたことがきっかけだった。

 「視覚障害者の方々に向けて録音図書を作っている団体が、ボランティアの方が高齢になり、活動を継続できず解散せざるを得ないというニュースでしたが、今までそうした活動をしている人たちがいること自体知りませんでしたし、視覚障害者の方々の読書環境も初耳でした。そこには何百、何千という録音テープの資産もあるので、ポニーキャニオンが音を扱う会社として活かせないかなと思ったのが最初ですね」。

 16年の厚生労働省調べによると視聴障害による障害者手帳保持者は全国で約31万人、日本眼科医の推定によると、その数は約164万人にもおよぶ。絶対的に社会的なサポートが必要なはずのサービスがボランティアのみに支えられていて、高齢化によって継続できなくなっていく。読書バリアフリー問題に関心と疑問を抱くようになった黒澤氏は、さらなる調査を実施。

 「ある時、リサーチで都内にある点字図書館に行ってみましたが、そこでもボランティアの方がブースの中で1冊ずつ本を読み上げて録音図書を作っていたんです。それを見た時に“何か変えないといけない”と思いました。最新のOCR技術とTTS技術を組み合わせれば、もっと簡単に本を読んでもらえることが出来るんじゃないかと思ったんです。ニーズもあると思いましたし、すぐに社内でプレゼンをして、吉村(隆)社長に許可を頂き、企画を進めていくことになりました」。


立ちはだかった著作権、コロナの壁

 正式なローンチに向け、立ちはだかった最大の壁が著作権の問題だ。ユアアイズは基本的に個人で楽しむサービスのため、当初著作権は問題にならないと黒澤氏は考えていたが、社内の法務部が懸念を示した。その理由の元となったのは、07年に起きた「MYUTA事件」の判例だ。MYUTAは、CDの楽曲データを携帯電話でも聴けるようにファイル変換し、サーバーにアップロードするサービスだったが、東京地裁はこれが複製権および公衆送信権の侵害にあたると判断。ユアアイズは、書籍の文章を音声に変換し、サーバーを通じて提供するサービスのため、同様に侵害してしまう可能性があった。

 この問題をクリアにするため、黒澤氏は法務部と協議を重ねて4人もの弁護士に相談。解決の糸口となったのは、19年1月の改正著作権法(※第30条の4および第47条の5 第1項、第2項)だ。この法改正により、情報解析のために著作物を使用しやすい環境が整った。著名な弁護士から意見書も得ることができ、晴れて社内でGOサインが出た。「1年前だったら今回の企画は通らなかっただろうし、1年遅かったら同じようなサービスが既に出ていたかもしれない。タイミング的にもバッチリでした」という。

 黒澤氏は今回のサービスの開始にあたり、目の不自由な人が簡単かつ正確に本の書面を撮影することができる撮影台「YourEyesボックス」の開発も手掛けたが、こちらの製造面でも苦戦を強いられたという。

 「撮影台は本の上に置いて使用するものなので、最初は外光も取り込めるアクリル板で作ろうと思っていたんです。でもそうこうしているうちに新型コロナウイルスの影響で、全国的にアクリル素材がなくなってしまった。その時は頭を抱えましたね。ただ開発を進めていく中で、より綺麗に書面を撮影するには遮光性を高めた方がいいということがわかったので、プラスチック素材で作ることにして、うまく方向転換をすることができました」。


社会進出の一助に

 19年6月には、視覚障害者などの読書環境の整備を促す「読書バリアフリー法」が成立。この法案は“障害の有無にかかわらず全ての国民が等しく読書を通じて文字・活字文化の恵沢を享受することができる社会の実現”を目的として可決されたもので、視覚障害者の読書環境も日々改善されようとしている。ユアアイズもこうした背景のもと、個人の利用以外に、点字図書館や公共図書館などの法人・事業所での普及を目指す。

 ユアアイズは本以外に、チラシや手紙と言った印刷物を読み込むことも可能で、黒澤氏は「(視覚障害者の方々は)例えば仕事においても社内文書やマニュアルを読めないという大きなハンディキャップがあると思います。ユアアイズが社会進出の一助になれば」と話す。

 ローンチ後も順次サービスを拡大予定で、アプリを窓口としたオススメ本の紹介、いま読まれている本の人気ランキング表示、電子書籍サービスとの連携、声優アーティストを起用したボイスキャラクターの追加、同じ漢字圏である中国での展開なども考えているという。「いずれにせよ一番大切にしたいのは、視覚障害者の方々にとっていかに便利なツールになり得るかという部分です。そのためには他社さんともオープンに仕事をしていきたいと思っています。機能面ではAIを進化させて、ボランティアさんの修正データがなくても、ほぼ読み間違えのないところまでもっていきたいですね」。

 ユアアイズは個人ユーザーが月額定額550円(税込)、法人・事業所が月額定額2750円(税込)で利用可能。ポータルサイトでマイページを開設、クレジットカードを登録して利用できる。対応機種はiPhoneおよびiPod touch(iPhone7以降/iPod touch os12以降サポート)。YourEyesボックスも意匠登録済で、5月初旬にA5版、A6版の2種類を各6600円(税込)で販売予定。

取材・文 白井良資

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