日本国際映画著作権協会(MPA/JIMCA)は10月30日、東京国際映画祭期間中に毎年開催しているMPAセミナー(第9回)を、六本木アカデミーヒルズ49オーディトリアムで開催した。今回も昨年同様、サイトブロッキング法制化の必要性を訴える内容となった。
このセミナーでは、MPAからの委託を受け、三菱総合研究所が実施した「日本の映画産業及びテレビ放送産業の経済効果に関する調査」の結果をはじめに発表した。
調査を担当した三菱総合研究所の伊藤洋介氏(情報通信政策研究本部 情報通信戦略グループ 研究員)の解説によると、日本の映画産業及びテレビ放送産業の2018年度の国内生産額(産業内の全企業の売上高総額)は、直接効果(映画やテレビ番組の製作から配給、さらに興行や販売などの活動)で5兆6601億円となった。内訳は、「映画製作・配給」が2648億円、「テレビ制作・配給」が7174億円、「映画興行」が3008億円、「テレビ放送」が3兆7897億円、「ビデオソフト」が3895億円、「インターネット配信」が1980億円だった。ちなみに、映連発表による2018年度の映画興行収入は2225億円だが、今回の調査の「映画興行」には売店の収入なども含まれている。
また、間接効果(例えば映画の場合、製作現場へ供給する資材等の産業や交通サービスなど)を含む国内生産額の合計は13兆7052億円と算出。内訳は、「映画製作・配給」が6166億円、「テレビ制作・配給」が1兆6707億円、「映画興行」が6146億円、「テレビ放送」が9兆4047億円、「ビデオソフト」が8449億円、「インターネット配信」が5537億円だった。
国内生産額のほか、粗付加価値額(国内生産額から中間投入を差し引いたもの。生産活動によって新たに付け加えられた価値)、雇用者所得(雇用者への分配額)、税収、雇用者数は別表の通り。
なお、全産業の粗付加価値額の合計はGDP(国内総生産)に相当するため、ある産業の粗付加価値額と比較することで、その貢献度を把握することができる。映画・テレビ放送産業の合計額は、表にある通り合計6兆8537億円で、対GDP比は1.25%だった。
地域への経済効果、『君の名は。』などが貢献
同調査では、映画・テレビ放送産業の地域経済への貢献度にも触れている。その中で、作品の舞台となった地域への経済波及効果について試算された国内の様々な研究事例を取り上げており、『君の名は。』『ルドルフとイッパイアッテナ』『聲の形』の舞台となった岐阜県の岐阜市、飛騨市、大垣市では、観光客による消費が162.7億円、間接効果を含むと253億円の経済波及効果があったと報告。昨年放送された「西郷どん」でも鹿児島県内で観光客消費が162億円、間接効果を含め258億円の効果があった事例を紹介した。
海賊版サイト、アクセス数減もまだ3億件以上
また、MPAは今回、「日本におけるインターネット上の海賊版サイト及びアプリの定量化と分析」と題した調査も行い、合わせて発表した。調査を担当した電気通信大学 情報理工学研究科 基盤理工学専攻の渡邉恵理子准教授が説明した。
同調査では、主な海賊版サイト(624サイト)を対象に調査した(対象:17年7月~19年7月)。それによると、各海賊版サイトが扱っている主要コンテンツは、映画(38%)、アニメ(24%)、マンガ(13%)の順に多い。サーバー設置国はアメリカが9%で最も多く、日本は6%で2位だが、設置国が明らかなサイトは全体の39%にすぎず、61%が不明だった。
月間総訪問数は、2018年3月までは5~6億件で推移していたが、同年4月に激減し、6月には約3.2億件まで減った。これは、この頃実施された日本政府の「漫画村」をはじめとした海賊版サイトへの対策が影響していると見られる。月間総視聴時間も18年3月には約1.1億時間あったが、漫画村問題後は約4千万時間に減った。ただし、漫画村とよく似た海賊版サイトが今年5月に誕生するなどし、最近は再び増加傾向になるという。
また、ピックアップした正規の配信サイト6つ(AbemaTV、ネットフリックス、GYAO!、コミックシーモア、コミックウォーカー、となりのヤングジャンプ)の今年6月のアクセス件数は計1.42億件だったが、海賊版サイト(1447サイト)の3.4億件には遠く及ばず、渡邉氏は「依然として海賊版サイトのアクセス数が極めて大きいことが定量的に明らかにできた」と話した。
「サイトブロッキング以外でできることから」が実状
これらの調査結果を踏まえた上で、サイトブロッキングの法制化を訴える講演・パネルディスカッションが行われた。セミナー開始前の挨拶に登壇した甘利明衆議院議員 自民党 税制調整会長は、現在の海賊版対策の進捗状況について「侵害コンテンツのダウンロード規制、リーチサイトの規制などを行う著作権法改正で議論は進み、立法措置として国会に提出できると思っている」と話し、続いて三又裕生内閣府知的財産戦略推進事務局長も「甘利先生からお話があった著作権法改正にすみやかに取り組む、となっている。加えて、サイトブロッキングにかかる法制度整備については、様々な取り組みの効果や被害状況を見ながら検討するということになっている」とした。サイトブロッキングの法制化議論については、昨年10月に行われた知的財産戦略本部の海賊版サイト対策検討会議で、賛成派と反対派で意見が折り合わず、結論が出ないまま会議が終了するという異例の事態に陥っており、まずは「サイトブロッキング以外で」できることから実施する、という海賊版対策の流れになっている。今年10月18日には、知財本部がその工程表も公開した。
甘利氏
“相反する権利の間ではバランスが必要”とホセ氏
基調講演として登壇したMPAアジア太平洋地域バイスプレジデント&リージョナル・リーガルカウンセルのマイケル・シュレシンジャー氏は、反対派が最も懸念している、「ブロッキングは通信の秘密を侵害する」という意見について「通信の秘密が絶対的とみなされ、それ以外の権利が保護されていない。違法なもので利益を得ているものは、違法と見なされなければいけない。また、通信の秘密は必ずしも絶対的なものではない。アメリカでは、言論の自由は市民の権利として考えられているが、例えば映画館の中で(イタズラで)火事だ!と叫ぶことは、客の混乱と危険を招くため、言論の自由に当たらない。日本の(通信の秘密との)バランスはクリエイターに不利だ」と主張。次に登壇したスペインの知財専門家であるホセ・アントニオ・サンマルティン弁護士も「相反する権利の間ではバランスをとる必要がある。(反対派の懸念のひとつである)表現の自由は、必ずしも著作権に対して優越するものではない」と話し、英国の海賊版サイト「パイレート・ベイ」の裁判を例にとり「(被告は)表現の自由により、自分たちの行動は守られるべきだと訴えたが、判決は『その権利はない』というものだった」と説明。場合によっては干渉し合ってしまう権利も、バランスをとることで両立が可能だという考えを強調した。
シュレシンジャー氏
“各国の判決例を研究して具体的に議論”と林氏
また、知財本部の本部員である林いづみ弁護士(桜坂法律事務所)は、「欧州でも通信の秘密という憲法上の概念はあるが、日本は解釈が特有。2018年6月から知財本部で行われたタスクフォースでは、いわば“運動論”のような反対意見が展開されてしまった」と振り返った上で、海賊版を放置していることで甚大な被害が出ていること、現在の日本の民事・刑事の司法制度では犯人の特定が困難であり実効性のある被害救済が困難であること、反対派が提案する“フィルタリング”や“アクセス警告方式”は、利用者の真正の同意があり、かつ容易にオプトアウト(離脱)できることを前提としており、有料のものをタダで見ようと海賊版サイトにアクセスしようとしている人に対し実効性がないことは明らか、という理由から、依然サイトブロッキングは必要であると主張。最後に「抽象的に通信の秘密を侵害するかどうかを独我チックに議論していても、あたかも違う神様を信じる村同士の戦いのようになってしまう。今後はより具体的に議論するべく、各国の法律の具体的な条文や判決例を研究して、具体的・手続き的な要件の検討を進めていきたい」と語った。
林氏
郵便局の例を挙げながらパネルディスカッション
セミナー後半には、TMI総合法律事務所の遠山友寛弁護士司会のもと、ホセ、林、マイケルの各氏によるパネルディスカッションを開催。遠山氏は「例えば、郵便局の人は後ろに色々な手紙を入れて配達をするが、ボックスに手紙が入っている状況で、通信の秘密が害されているとは誰も言わないはず。私の感覚では、サイトブロッキングは機械で全てやるもので、個人の流れやアクセスの事実は、人間は誰も知らないのでは」と問いを投げると、林氏は「郵便の議論はタスクフォースでも何度もした。ISP事業者は郵便屋と同じように、宛先を知らなければ〝届ける〟という本来業務ができないので、業務上必要な情報。なぜ、それがサイトブロッキングをすると途端に通信の秘密の侵害になるのか。その時の反対派の人の説明は、郵便の場合は、宛先だけわかっても中身が何かはわからない。海賊版サイトにアクセスする場合には、宛先を知る=海賊版をタダで見る(ことを知る)ということになるので、より侵害の程度が高い、というような説明だった」とコメント。遠山氏は「人が知ることが問題であって、機械の中にメタデータとして残っているのは、通信の秘密の前の状況では」と疑問を呈した。また、林氏は「(通信の秘密の侵害にあたると言う人が)ちゃんと認識していないのでは?と思うのは、(海賊版サイトに)アクセスする個人のユーザーには、保護される権利は無いということ。著作権侵害物をタダ見する権利は無いんだということが、今ひとつ認識が薄いように思う」との考えを示した。(了)
パネルディスカッションの様子