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東宝東和・山﨑敏社長 率直な語りから見えてくる“らしさ”

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東宝東和・山﨑敏社長 率直な語りから見えてくる“らしさ”

2018年11月30日

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 東宝東和の新社長に、山﨑敏氏(=写真)が就任した(2018年5月7日付)。山﨑氏は、今年でちょうど入社30年の生え抜き。女性社長の誕生は東宝東和において初めてであり、映画業界としても珍しく、関心の度合いは非常に高い。

 しかし、山﨑社長を詳しく知る映画人は、実はそれほど多くない。それは山﨑氏の歩みが大きく影響している。営業や宣伝といった配給(一次市場)ではなく、ビデオやテレビ(二次市場)の世界で30年にわたるキャリアを積んできたからである。

 本誌の取材に、山崎氏は笑みを絶やさない。質疑応答を繰り返すなかで、社長という重責に真摯に向き合う姿勢とともに、穏和で飾らない人となりが浮かび上がってきた。山﨑社長が率直に語った今回のインタビュー。その言葉から、東宝東和の現在と将来の姿が見えてくるだろう。


「ガラスの天井」はない

──長い歴史のある東宝東和の社長になって、はや半年が過ぎました。

山﨑 東宝東和は川喜多長政さんが1928年に東和商事を創られてから、今年で90周年を迎えました。その90年で私が6人目の社長です。創業の川喜多さん、私が入社した頃は白洲(春正)さん、その後に東宝から初めていらした平沼(久典)さん、松岡(宏泰会長、東宝常務)さん、星野(智彦、国際放映副社長)さん、そして私。平沼さんが社長になった時(03年)、「70年以上の歴史のある会社でオレ3人目だよ」と笑っておっしゃっていたのを憶えています。90年間の後ろの方はぽんぽんと代わっていますけど、やっと私で6人目ということになりました。

──社長になった感想を率直に。やはり重たいでしょうか。

山﨑 東宝東和しか知らないですけど独立系の洋画会社として歴史が長く、親会社の東宝も伝統がありますから、日本的なコンサバティブな会社であって、外資系でどんどん女性のエグゼクティブが出るような土壌とは違うと思っていました。松岡さんから「社長をやってください」と言われた時は、とにかく驚きました。「意外ですか?」と聞く松岡さんにその時すぐ申し上げたのは「やっぱりグラスシーリング(ガラスの天井)があると思っていましたから」と。すると松岡さんは「僕のところでは、そういうことはないようにしたいと思っています」とおっしゃいました。ビックリしましたけど、断るという選択肢もないので(笑)、お受けしました。業界の女性たちが特に祝福してくださって、それは責任というか、恥ずかしいことはできないなと思いました。

──松岡さんとずっと仕事をしていく過程で、なんとなく自分は社長になりそうだなという予感は。

山﨑 それは、ないです。私は常務で国際を担当し、東宝宣伝部から来られて配給を担当する同格常務が新井(重人、日活取締役)さんに始まり、持田(幸彦、TOHOマーケティング社長)さん、伊勢(伸平)さんと続いている。ずっと二頭立てでやっていたので、こういう形で昇格になるとは思っていませんでした。それに、いい年なんですけど(笑)、社長になるほどではないなと思っていたので。

──社内では、どのような受け止められ方をしていますか。

山﨑 社内的にも、東宝からいらした方が上に乗るだけじゃないんだと、生え抜きの連中も多少は心強く思ってくれているかもしれません。女性社員にとっていい影響になればいいですし、目に見えない女性の働きにくさみたいなものがあるとすれば、それを感じさせない会社にしたい。まあ実際のところ、働きにくさはそれほどではないと思っています。東宝東和はこんなに小さな会社ですし、封建的な男の人もいませんので。

──昔はいましたね。マッチョな人ばかりだった…。その中で耐えて(笑)。

山﨑 大昔(笑)。けっこうマッチョでしたね。耐えてというか、長くいただけですけど(笑)。長くいるうちに、会社の方が変わったという感じですね。


1988年入社から30年

──山﨑さんが営業部、宣伝部を経験していないというのが注目点の一つです。おそらく業界でも、山﨑新社長に期待感と、どんな人なんだろうなという関心があると思います。

山﨑 そうかもしれないですね。入社してすぐ東和ビデオに出向して以来、専ら二次利用を担当してきました。松岡さんが社長になられた時(08年)に外国部長を引き継いで、初めて劇場配給に作品供給という立場から関わるようになりましたが、配給の営業や宣伝の世界はこれまでは関わりが浅く、名前も顔も全然売れていません。ご覧のとおりこんな名前なので、オッサンだろうと思っている方も多いかもしれません(笑)。

──でも今回のインタビューで、名前と顔が完全に一致するようになりますから(笑)。さて、入社からの歩みを、会社の変遷とともに聞いていきます。88年に入社しましたが、この時、新入社員は何人いましたか。

山﨑 10人です。すごく多かった年で、創立60周年記念入社だと揶揄されて(笑)。私は東和ビデオに行くことが決まっていて、半年の試雇期間を経て東和ビデオに出向しました。

──東和ビデオは、どのような会社でしたか。

山﨑 東和ビデオは前年の87年にできたばかりで、人員もまだ少なかったですね。社長は東宝東和副社長の山下(輝政)さん。ビデオ市場が急成長する中で、自社で発売しようと立ち上げました。買い付けはそれまでもずっとオールライツでしたが、東和ビデオができる以前はビデオの権利に関してはソニーさん、東芝さん、ビクターさんなどにサブライセンスをしていました。東和ビデオ設立後は自社発売になって、販売のみを販社さんにお願いする形に切り替えました。


続きは、文化通信ジャーナル2018年11月号に掲載。

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