10~20代まで浸透――「吹替の帝王」の発売開始から2年以上が立ちましたが、周りの変化はありましたか。
神田 「次に何が出るのか?」という声がすごく多くなりました。ブランド力が出てきましたね。映画は、それぞれの作品にファンがつくわけで、1つのブランドにくくるのは難しいですが、「吹替の帝王」は一つのスタジオでそれが出来た画期的なブランドかもしれません。
――4月24日発売の新録版『コマンドー』は再びヒットとなりました。第1弾発売から2年しか経っていないにもかかわらず、ちょっと驚きました。新しい音源とはいえ、なぜでしょうか。
神田 身もふたもない答えかもしれませんが、「コマンドーだから」ということでしょう。本当に特殊な人気のある作品なのです。驚くのは、10~20代から支持を受けていることです。85年公開の映画なので、リアルタイムで映画を見た人は40~50代のはず。「吹替の帝王」シリーズの主な購入層はその層ですが、『コマンドー』に関して異なります。まず、初回のTV放送が87年でしたが、その8年後の95年放送時に30%を超えて最高視聴率を記録するなど、どんどん人気が高まっていった作品なのです。90年代の放送時に好きになった方も多いと思います。さらに、TV吹替版の人気が非常に高く、前回のインタビューの際も申し上げた通り、2chなどのネット上で台詞を実況するお祭りになるのです。ネットでその人気がさらに進化していき、10~20代にまで浸透し、幅広い年齢層から愛される作品になりました。それが今回のヒットにつながったのだと思います。
――そもそも、なぜ新録版を出そうと考えたのですか。
神田 建前に聞こえるかもしれませんが、本当にファンの人に感謝を込めてという気持ちで新しいものを作りました。あと、吹替の声優・スタッフの方にも同窓会のように集まって頂き、新しい吹替を楽しんでもらいたい。皆さんにリスペクトを込めた商品なのです。
――悪役のベネット(ヴァーノン・ウェルズ)を裏表紙に配置する仰天パッケージでした。
神田 実は、当初2種類発売することを考案していたのです。シュワルツェネッガー演じるメイトリクス版とベネット版。しかし、あくまで主役はシュワなので、本社からNGが出てしまい(苦笑)、折衷案として表紙がシュワ、裏がヴァーノンというデザインになりました。
――ファンへのプレゼント用に、名台詞集の週めくりカレンダーや、ベネットの衣装を表紙にしたメモ帳まで作成されていましたね。
菅原 松岡修造さんの名言を載せた日めくりカレンダーが話題になりましたよね。あれを見て「『コマンドー』の名訳も負けてないぞ!」と思い、カレンダーを考えました。メモ帳も同様に、プロ野球のユニフォーム型のメモ帳があるのを見て「ベネットの衣装も負けてないぞ!」と考えて作ることにしました(笑)。全部、私が欲しいなと思ったものを形にしたのです。
本社もノリノリ――発売時にはネット上でも盛り上がったようですね。
神田 4月27日に玄田哲章さん、若本規夫さんにご登場頂き、ニコニコ生放送で『コマンドー』を見ながら生解説してもらったのですが、広告を打っていないのに9万アクセス以上ありました。若本さんは普段メディアに登場されない方ですが、この企画に賛同してくださって特別にOKを頂き、それもファンの注目を集めたと思います。あと、ベネット役のヴァーノン・ウェルズのメッセージ動画が流れた時はすごい盛り上がりでしたね。
――それは嬉しいサプライズですね。
菅原 もう、本社もノリノリであの動画を作ってくれました。「シュワルツェネッガーの動画でもいいぞ」と言ってくれたのですが、私たちから「ベネットがいいです」と希望を出しました。彼自身もすごくノリ気で引き受けてくれたのです。英語の台本を送ったところ、「日本語のものもくれ」というのです。彼は奥様が日本人なので、「日本語の発音は奥さんに教えてもらうよ」と、準備してから撮影に臨んでくれました。台本とアドリブが混ざった動画ですね。
神田 終盤に「長年愛される映画になったのはお前らのおかげだからな」と話すシーンがありますよね。あれは台本にありません。ファンの方は長年ネット上で盛り上げてきた自負があるでしょうし、あの言葉は心に響いたのではないでしょうか。我々も涙が出てきましたよ(笑)。
待ち望まれていることを確信
――「TV吹替」の需要の高さは、業界内外で広がってきているように思います。
菅原 実際に、同業種の方から「どうやったらいいの?」とお問い合わせも頂きました。業界全体で盛り上げて市場を大きくしていく必要があると思っていたので、全てオープンにしました。
――知名度が上がったことで、素材集めも楽になりましたか?
神田 こればかりは本当に作品次第です。無くなってしまったものは見つかりません。ただ、以前よりも一般の方からの音源提供の数は増えました。その中から、より良い音源を選択することができるようになったのは大きな違いですね。
菅原 昨年の8月に、吹替の帝王とは別に「恐怖の吹替劇場」と題して、ホラーの名作7作品のDVDをTV吹替版を収録して発売しました。これも、1年間の売上目標をたった4ヵ月で達成してしまう大ヒットでした。実はこの時、『バタリアン』『チャイルド・プレイ』『スペース・バンパイア』『ヘルハウス』『ヤング・フランケンシュタイン』の5作品はTV吹替音声を初収録しました。一方『オーメン』と『悪魔の棲む家』は以前にもTV吹替音声収録版を出していて、最近は廃盤になっていたものを改めてリリースし直した形でした。すると、明確に売上に差が出て、やはり初収録の5作品が圧倒的に良かったのです。吹替ファンの方は本当によくご存じなのですよ。そして、改めて皆さんがTV吹替版を待ち望んでいるのだなということを確信することができましたね。
――商品名の由来にもなった、吹替の帝王ホームページもアクセスが増えているのでしょうか。
神田 サイトを立ち上げたのは7年前ですが、当初は月2千~3千PVでした。まあ、商品宣伝サイトなので、その割には健闘していたとは思うのですが。それからコツコツと吹替の声優やスタッフのインタビューを掲載してきたところ、今では月に平均2万PV、多い時は3万~4万PVまで伸びるようになりました。吹替ファンの方が、収録の裏側まで知りたいと情報を欲していたことがわかりましたね。
声優は洋画と若者の接点になる――これまであまり注目されていなかった「TV吹替音声」が、一気に市民権を得たような気がします。
神田 若者は耳が肥えているのです。一流ですよ。アニメを見て育ち、幼い時から一流の声優の声に触れているわけです。そんな彼らが、入口はアニメでしたが、ネットでの盛り上がりを介して『コマンドー』に行き着きました。豪華な声優陣なので、彼らも受け入れてくれたのです。我々の世代以上に、彼らは声優をリスペクトしている。近年は若者の洋画離れが顕著ですが、声優は洋画と若者の接点に成り得ると思うのです。若者が洋画に親しんでくれることを、映画業界も積極的にしていくべきです。
菅原 『コマンドー』の発売時に玄田哲章さんのサイン会を都内のタワーレコード店で開催したのですが、列の1番前に並んでいたのは学生服を着た男子でした。30年前の映画とは思えないほど若い人ばかりで、岡山から足を運んだという熱心な女性までいました。しかも、整理券の回収率が100%で、店員さんが「前代未聞」と驚いていたほどです。
神田 若者は、吹替版にプロの仕事を求めていますし、TV吹替版に豪華声優陣が集っていることの貴重さも理解しています。でも、映画業界は劇場公開の際、彼らの希望とは逆行する動きをすることがあります。本当に洋画に危機意識があるなら、若者の反感を買うようなことはすべきではないでしょう。宣伝のためという大切な事情はありますが、「1人ぐらいプロじゃなくても…」という考えは、耳の肥えたファンには通用しません。サッカーで、キーパーだけはボクサーでもいいでしょ?ということにはならないですよね。全員がプロでなければ納得してもらえないと思うのです。若者はそれを大切にしていますし、我々もその気持ちに応えたい、そして吹替の素晴らしい文化を次の世代にも受け継いでいかないといけないと思っています。
――ちなみに、気になる今後の作品ですが、直近の候補作品は何ですか?
神田 現在リクエストの多いタイトルは『ホームアローン』、『エイリアン2』です。ファンの皆様のリクエストには出来るだけお応えしたいと思っています。(了)
取材・文/構成 : 平池 由典