日本映画が恐れ避けていることを描くことに挑戦したかった!
新作のたびに深い感動を観る者に与え、独自の作風で“映画”を挑発し続けている熊切和嘉監督の最新作『私の男』(日活配給)が、いよいよ6月14日(土)より新宿ピカデリー他にて全国公開される。
今回は、直木賞を受賞した桜庭一樹のベストセラー小説を、浅野忠信と二階堂ふみを主演に迎え映画化。ダイナミックな流氷を舞台に繰り広げられる、切なくも美しい、理屈を超えた禁断の愛を描いた極限のエンターテインメントだ。
原作を読んで(2010年頃)、「これは次に自分が撮るべき物語だ」と直観したという熊切監督は、『海炭市叙景』(10年)と同様に自身の故郷である北海道が物語の重要な部分を占めている点にも惹かれたという。『南極料理人』(09年)のプロデューサー陣と熊切監督が出会い、11年の釜山国際映画祭でAPM企画賞を受賞して実際に動き始めた本企画。主演には原作を読んだ時から浅野をイメージし、別作品のオーディションで二階堂と運命的な出会いを果たす。流氷のシーンなど、脚本作りから撮影、仕上げまで入魂した本作で熊切監督が描きたかったこと、その想いなどを聞いた―。
インタビュー・文/構成:和田隆(サイト編集長・映画記者)
和田 奇跡的とも言えるとてもダイナミックな流氷シーンや、主人公の父娘の深い喪失感と切なくも美しい濃密な関係に心を揺さぶられました…。
まずキャスティングについて伺いたいと思います。我々の世代(熊切監督も1974年生まれ)にとっても浅野忠信さん(1973年生まれ)という俳優はある種特別な存在だと思うのですが、浅野さんとの初めての映画作りはいかがでしたか。
熊切監督 浅野さんとご一緒するのは念願でした。実は今までにもオファーはさせていただいたことはあったのですけれど、なかなかスケジュールやタイミングが合わずに、やっとできたというところです。
浅野さん自身も「本当に我々の世代が面白いと思うことをやりましょう!」ということを言ってくれていたので、そういう部分であまり遠慮なくできましたから、ある種過激なことであったりとかも遠慮なしにできた感じです。
和田 二階堂ふみさんと浅野さんとの相性は、監督の狙い通りだったのですか。2人にとってもチャレンジングな役だったのではないかと思います。
熊切監督 そうですね、凄く良かったと思います。本当にいい組み合わせで、並びが良かったですし、普通の父娘に見えるようで、ある瞬間男と女にも見えるというのを1カットで撮りたいというのを最初に言っていました。実際にそういうシーンもあるのですけれど、それはこの2人の距離感だから出たのかなという気がします。単なる男女でもないですからね。
和田 理屈を超えた関係を表現するというのは、なかなか難しいですよね。劇中でも2人の交わるシーンやラストシーンなど、かなり映画的な表現、2人だけの世界というのがあったと思いますが、その辺はやはり意識して作っていかれたのですか。
熊切監督 そうですね、あと桜庭(一樹)さんの原作も、リアルなのですけれど、ちょっとある瞬間現実を超えるというような、“マジック・リアリズム”と言いますか、そういうところがありましたので、そういうニュアンスは残したいとは思っていました。
和田 監督が原作に惹かれたところというのは、そういう部分ですか。
熊切監督 それもありますね。結構大胆に―、映画ではやっていないですけれど、原作には幽霊が見えていたりという部分もありますし、そういうところは桜庭さんの原作の好きなところではあります。
和田 このタイミングで原作と出会って、自分が映画化すると何か新しいことができるのではないかという、直感のようなものがあったのですか。
熊切監督 それもありましたし、勝手に「僕が撮るんだ!」と思いましたね(笑)。もちろんテーマ的なところも、文学はこういうことを描いているのに、映画はそういうのを恐れて避けているといいますか、そういう風にも思っていましたので、そこは挑戦したかったですね。
和田 二階堂さん演じる花が、なるべく被害者に見えないように、なるべく主導権を握っているように心がけたということですけれども、他のキャストの方を含めて、そういうところに気をつけながら、演出されていったと。
熊切監督 ええ。ただ、花に関してはもちろん一番気をつけたところではありますけれど、二階堂さんに会ってより花の強さ、非常に切実さも出ましたし、ふてぶてしさもいい意味で出ましたから、凄く気に入っています。
和田 浅野さん、二階堂さんと、役作りやシーン作りなど現場で意見交換をしたりもされたのですか。
熊切監督 意見交換というのも照れくさいと言いますか、もうちょっと現場では具体的ですね。特に室内はロケセットが狭い所ばかりだったので、映画の現場ではよくある段取り、みんなで囲んで芝居をやらせるというのが、集中できず、あまり好きではなかったので、最初は二階堂さん、浅野さんと私と、あとはカメラマンだけで動きを見させてもらっておいて、それで「じゃあ次こういう風にしてみようか」といろいろ探っていき、見えたところでみんなを呼んで一回見せて、そこからセッティングするというようなやり方ができました。それは今思うと贅沢な撮り方だったなと思います。
和田 逆にスペースの狭さを利用したと。
熊切監督 狭いことを言い訳にして、「ちょっとみんな入れないから、ごめんね」と言って、ねちねち芝居を作ってからみんなを呼ぶというような(笑)。ですからそこはいわゆる段取り的でない撮り方ができたと思います。
和田 浅野さんからも演じる淳悟の役作りに対する提案などがあったのですか。
熊切監督 やはり一度にみんなでがーっとやると、どうしても段取りと言いますか、サクサクやっていくことになるのですけれど、少人数になると意見も交換できますし、そこから生まれて来るものもあります。私も台本通りだけれどいまいちだなという時は、例えば二階堂さんに「いや…、もうちょっと何かない?」と言ったりして、「私だったらこうしますかね…」という方が面白くて、そちらを採用したりということもありました。
和田 淳悟と花を見守る地元の名士であり、2人の遠縁にあたる大塩という男を演じた藤竜也さんのキャスティングも絶妙だったと思います。
熊切監督 ええ、絶妙だったと思いますね。藤さんは不思議な方と言いますか、非常にリラックスして、本当に映画の現場が好きなのだなという感じです。あんなに寒い中でも現場の近くでずっとタバコを吸っていて、何度かテストをやって「本番!」と言った瞬間に雰囲気が変わるのです。本番一発目の芝居の波動が違うと言いますか。
和田 特に監督から細かく演出するという感じではなかったのですか。
熊切監督 いえ、違うという時はもちろん言いましたし、粘ったところもあります。やっていて、キャラクターの部分でちょっと変わってしまったところは、「いや、それはそうじゃないです」ということは言いますが、基本的にはあまり決めすぎない、芝居を合わせてかっちり決めていくよりは、流動的に撮っていく方が藤さんは面白いなと思って、途中からはそういう風にやっていました。それこそセッティング前の段取りで、ちょっと軽く芝居をやってもらう時に、二階堂さんと藤さんが2人で歩いて行くようなところを、なんとなく芝居が始まったら、そのまま最後までいってしまう(撮影してしまう)時とか、すごく面白かったですね。
(写真右は藤竜也)
和田 それはスタッフ側も臨機応変に対応したということですか。
熊切監督 そうですね、突然段取りが始まるという。最初ただ私が説明していただけなのに、なんとなく2人がかけ合いをし始めたら、そのまま芝居が続いていって、最後までいってしまうというような。
和田 そのまま撮ってしまおうというような。
熊切監督 「すぐ撮っちゃおう!」と。
和田 今回、雄大な流氷シーンであったり、極寒の中で撮影環境としてはかなり過酷な現場だったと思います。この作品で熊切組が結集して撮影できたというのは、やはり大きかったですか。
熊切監督 その積み重ねもあったと思いますし、スタッフとの現時点での集大成だなとは思いました。
和田 熊切組で、映画作りにおいて心がけているものは、何かあるのですか。
熊切監督 いや、特に。やはり1本1本反省はありますし、それがあるから「次こうしようか」というのが共有できるというところはあったのかなと思います。『夏の終り』(13年)は時代ものでしたので、非常にミニマルにと言いますか、こちら方向(決まった方向から)しか撮れなかったりというのもありました。敢えて同じアングルを繰り返すとか、そういうスタイル重視でやっていて、それはそれでそうするしかなかったですし、その時はそれが正しいと思っていたのですけれど、その反動もありましたので、今回はもうちょっと荒っぽいと言いますか、カメラが揺れていてもいいしという、そういうものは自然と共通認識としてありましたね。
和田 同じような男女の物語ということで、昨年の『夏の終り』の反動が今回の作品にはいい方に活きたということですか。
熊切監督 そうですね、そんな気がします。
和田 今回、宇治田(隆史)さんの脚本は、監督にとってはかなり挑戦的な脚本を叩きつけられたと。
熊切監督 そもそもこの原作をやろうという時点で挑戦ではあるのですけれど。最初、脚本の前の段階で、宇治田も「あれ、(原作にある)流氷は無理じゃないの?」と気にしていたのですね。いろいろ流氷の資料などを調べた上で、「あれ、熊(監督)、無理だよ。撮影できないよ」と言っていました。ですから、私はムキになって「いや、でもなんとか撮るから、入れてよ!」と言いましたら、本当にガッツリ流氷のシーンがあったので、言ったはいいけれど、これ本当に撮れないなと思いましたね(笑)。
和田 腹を括って「撮ってやろう!」と。
熊切監督 途中からですね、思ったのは。最初は撮れないんじゃないかと思いましたから(笑)。
和田 でも、例年よりも早く流氷がロシアから南下して紋別に接岸してくれたというのは、奇跡的なタイミングでしたね。
熊切監督 そうです、本当にそれは思いましたね。日ごろの行いがよくて(笑)。奇跡のタイミングでした。例年ですと(撮影は昨年1月20日にクランクイン)早くても1月下旬とのことだったのですが、私は信じていました。(
つづく)
『私の男』(129分)R15+ 6月14日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
製作委員会:ハピネット、日活、マックレイ、ドワンゴ、GyaO!
制作・配給:日活 制作協力:キリシマ一九四五 企画協力:文藝春秋
原作:桜庭一樹『私の男』(文春文庫刊)
監督:熊切和嘉 脚本:宇治田隆史 音楽:ジム・オルーク
製作:藤岡修、由里敬三、分部至郎、木村良輔、宮本直人
エグゼクティブプロデューサー:永田芳弘
プロデューサー:西村信次郎、西ヶ谷寿一
ラインプロデューサー:金森保
撮影:近藤龍人 照明:藤井勇 録音:吉田憲義 美術:安宅紀史
装飾:山本直輝、衣装:小里幸子、ヘアメイク:清水ちえこ
助監督:海野敦 スクリプター:田口良子 編集:堀善介
VFXスーパーバイザー:オダイッセイ ロケーション総括:中村哲也
制作担当:刈屋真 アソシエイトプロデューサー:西宮由貴、小松重之
(C)2014「私の男」製作委員会