―「netK2」をはじめ、音質にこだわったビジネスにも取り組んでいますね。
高田 スタジオ録音は、1982年にアナログマルチテープレコーダーからデジタルテープレコーダーになって、44.1
kHz/16
bit(※6)というCDフォーマットで録音し始めました。その後、24チャンネルだとチャンネルが足りないということで、6年後の1988年に48チャンネルに増えたんです。この時のデジタルスペックが48kHz/24bitですから、音質からいうと44.1kHz/16bitに比べて少し良くなりました。20年近くこのデジタルスペックで世界中の音楽が作られていました。そして1996〜7年くらいから2000年に入ってハードディスクレコーダ「Protools」ができましたので、最高スペックで192kHz/24bitというフォーマットで録音できるようになりました。現在はCDフォーマットよりももっと高いフォーマットで録音はされているんですよ。その結果、必然的にオリジナルマスター音源とCDの間に音質のギャップができます。さらに音楽モバイル配信についてはCDの約30分の1に圧縮されて配信されているので、音質はCDより下のレベルで提供されているのが現状です。
こういった中で、より良い音を届けたい、配信の音をできるだけ良い音で届けたいという思いから「netK2」という技術を2005年に開発しました。またCDの音もできるだけ良い音でお客様や音楽ファンの皆様に届けたいという思いで「
K2HD MASTERING+(プラス)シリーズ」(
※7)というものを提案しています。こういった音質向上から見たビジネスにもチャレンジしています。
また、これから音に対する感性レベルを、スタジオのエンジニアも含めて上げていかないといけないのかなと思っています。44.1kHz/16bitより192kHz/24bitが良いというわけではなくて、スペックに見合った音質、要するに数値化ではなく中身が大事ですよと。これを聴き分ける能力が、質の基準を判断する感性として大事なのではないかと。
―「K2」とはどういった技術なのでしょうか?
高田 デジタルは0と1の符号なので0と1の符号さえ変わらなければ何回コピーしても音は変わらない、というのがデジタル技術の定説だったんですね。でも、実際は変わるんです。変わるんだということを僕らが20何年前に問題提起した時、ほとんどのオーディオ関係の技術者は変わらないと言いました。でも、僕らは変わっているように聴こえるんです。そんな僕らの提案を真摯に取り上げてくれた技術者と協力して「K2インターフェース」という機器を開発しました。デジタル信号高品位伝送系での音質改善がスタートです。
更にデジタル高音質情報処理技術によりデジタルスペックの拡張やコーディングする技術によりパッケージ、配信音源の高音質化を取り組んでいます。
「K2テクノロジー」の大事なポイントは、音質判断の基準をマスター音源においたことです。何に対して良いか悪いかという基準がないと、好き嫌いになってしまうんですよね。マスターテープというのは時代によってどんどん進化していきます。進化したことによって基準値が上がっていくわけですから、それに追従していく。音質基準の質を上げて行く事がポイントです。
又、ほとんどの技術というのは、人間の感性よりも数値化が優先されます。でも「K2テクノロジー」の開発というのは、技術として正しい・良いよね、というのと、それを聴いて我々エンジニアが良いよね、という風に技術と試聴感が合致しないと前に進めない大原則を今でも守っています。ですから20年くらい開発して、時代時代でいろんな音の改善を実現しています。1つの技術というのは10〜15年で成長サイクルが終わりますが、「K2テクノロジー」は大原則を今でも守っているので成長サイクルが崩れないと思っており、今でも進化し続けています。
いま音楽はCDだけでなく、配信で楽しんでもらうことが非常に多いですよね。そういった中で、我々は少しでもストレスのない音の世界を提供したい。これは音楽を作っている側から提案しないと出来ないのではないかと思いビクターエンタテインメントから配信している曲に関しては、すべて「netK2」の処理を施しています。また、「netK2」は一般の携帯端末でも、例えばKDDIの一部の携帯端末では約1800万台に採用されています。今、スマートフォンが急速に伸びておりますので、これからも「netK2」の活用の場は広いと考えています。
―最近コンサートやスポーツなどを映画館で生中継・上映するビジネスが増えています。こういった分野に対しての取り組みや考えは?
高田 ここは録音をベースにやっていますが、お客様を入れてスタジオライブをやることもできます。スタジオにお客様を入れてライブを行い、リアルタイムで配信して映画館できっちりした画と音で観るというのは非常に可能性がありますよ。たとえば東京ドームでやっているコンサートを、別の会場でパブリックビューイングするということと内容的には変わらないと思いますが、スタジオというもっと良い音響空間の中で、本当に良い音を作って、それを映画館などに届けて楽しんで頂くというビジネスは可能性があると思います。またビクタースタジオの技術、ノウハウを音楽業界に限らず、放送や映画関連のサービスやコンテンツの提供において活用してもらうような発展的なお話も一部出始めています。そうした異業種とのマッチングというのも面白い試みとして楽しみにしています。
―スタジオとしてこれからの目標は?
高田 我々が設備技術を使って何が提案できるかという時に、クリエイター力というのがすごく大事なんじゃないかなと思っています。やはりプロである以上「ここの設備は凄いですよ」「こういう機械がありますよ」「どうぞお使い下さい」というビジネスがベースにはあるんですけど、それを使って何が提案できるかということが、最終的に求められるものだと思っていますし、最も重要なことだと認識しています。 更にスタジオは、音楽を作る場所なんですが、これからはお客様に届けて聴いてもらうまでが仕事で、ある一部分だけやって後は知らない、ということでは通用しない時代だと思っています。だから、スタジオでこだわって作ったものを、お客様にもちゃんと良い音で聴いてもらえるようにする。そして、お客様に、いま聴いているのは大本のマスター音源の音質とは、もっと豊かで良い音が世の中にはあるんだよと伝えたいし、そういうものによって新しい「感動」体験をしてもらいたいと願っています。そのための提案は今後も積極的に行なっていきたいですね。
※1「netK2」: 音楽配信「着うた」などの圧縮音源を高音質化する技術。「netK2」処理が施された音楽配信は05年10月にスタートしている。「原音探究」をテーマに、ビクターエンタテインメントのスタジオの技術とノウハウを駆使して日本ビクター(現:JVCケンウッド)と開発を進めてきた「K2テクノロジー」をベースとしている。
※2「オリジナルマスター」:ホールやスタジオにてアナログテープ、又はCDよりハイスペックなデジタル信号で録音・ミックスされたステレオ音源。
※3「CDマスター」:CD製造の為にマスタリング(音創り)をされた44.1kHz/16bitCDフォーマットデジタル音源。
※4「オーサリング」:音のマスターと映像マスターをDVD形式に纏める作業。
※5「配信エンコーダー」:音楽配信サービス向けに、マスター音源を圧縮する作業。
※6「kHz」:サンプリング周波数、アナログ波形をデジタルデータにする為に1秒間にどれ位細かくデジタル変換する頻度、高い数値ほど元の信号に忠実。
※6「Bit」:アナログ信号からデジタル信号にするときに音の大きさを何段階の数値化表現するかを示す値、値が高いほど元の信号に忠実。
※7「K2HD MASTERING+(プラス)シリーズ」:ビクタースタジオのマスタリングワークス「FLAIR(フレアー)」とメモリーテックが共同開発した高音質ガラスCD製造技術「K2HD MASTERING+ CRYSTAL」の技術とノウハウをベースとしながら、汎用性を高め、高音質「HQCD」および通常のCDにおいて高い表現力を実現した作品群。日本ではシリーズ第1弾として11年7月に「〜HQCD」10タイトルを発売後、12年1月までに30タイトル超をリリース。海外では09年から先行受注を受け130タイトルを超える実績をあげている。
【プロフィール】高田英男(たかだ・ひでお)1951年、福島県生まれ。60歳。福島県立郡山工業高校電子科卒。1969年、ビクターに入社(ビクタースタジオ配属)アシスタントエンジニア~録音エンジニア従事。1989年、録音課長。2001年、ビクタースタジオ長。アイドルポップス、ジャズ、アコーステック録音を中心にエンジニア業務に従事。日本プロ音楽録音賞、各オーディオ雑誌録音賞など多数受賞。JVCケンウッドとのコラボレーションによりデジタル高音質技術・K2技術、ウッドコーンSP開発サポート。現在、日本プロ音楽録音賞副委員長としてエンジニア業界をサポート。