木村光仁セールス エグゼクティブ ディレクター
常に改革を意識しなければならない
「ジョン・カーター」(C)Disney Enterprises,Inc. All Rights Reserved.
――2012年以降のラインナップの営業展開について聞かせてください。
木村光仁セールスED(以下、木村) ディズニーは、ディズニー/ピクサーのアニメーション作品、ディズニーのライブアクションをメインに配給してきたわけですが、ここにドリームワークスのライブアクションが加わり、いよいよ12年からマーベルの作品も加わることになります。これが4本柱として、うちのラインナップを支えます。
それに加えて、日本のマーケットでは、できるだけ幅広いジャンルの作品を集めていきたいということで、日本独自のアクイジション・タイトル、「RED」や「ツリー・オブ・ライフ」などに代表されるもの。それらを入れると5本柱ですね。トータルで年間15本くらいのリリースをしていきたいというのが現段階での考え方です。
その中でもマーベル作品は、ディズニー・スタジオのグローバルな最重要なコンテンツのひとつです。映画の公開を起爆剤として、スタジオ部門の2次・3次使用から、コンシューマー・プロダクツ、パーク部門までの大きな流れの中で利益を拡大していくという考え方は、ディズニーが買収するまでのマーベルにとっても共通するビジネスコンセプトで、それ故にディズニーにとってマーベルを傘下に置いたという事は非常にメリットのある事です。
そういった意味で、マーベルはディズニーにとって非常に重要な部門となっています。日本では「スパイダーマン」以外のプロダクツは、まだなかなか結果が出せていないんですけど、これが日本で爆発的に成功を収めれば、日本のライセンスビジネスにおいても非常にプラスになるので、マーベルについてはスタジオ部門だけではなくて、全世界のディズニーをあげてサポート体制がいま出来ています。
「アベンジャーズ」は興収100億円以上狙える!
そして、第一発目の作品がアメリカでは来年の5月、日本では8月中旬に公開を予定している「アベンジャーズ」。現時点ではどういう風に打ち出しても、今までの「キャプテン・アメリカ」とか、「マイティ・ソー」や「アイアンマン」の印象が非常に強いと思うので、それらヒーローが集まった映画という見方を業界からされていると思うんです。でも、「アベンジャーズ」についてはまるっきり違う作品になっています。今までパラマウントさん、ソニーさんがやって頂いたことはもちろんプラスにはなっているんですけど、それ以上にディズニーとしては、「アベンジャーズ」に焦点を当てていきます。
例えば1977年に「スター・ウォーズ」が公開されて、“スター・ウォーズ”という「現象」を作ったように、「アベンジャーズ」は21世紀の「スター・ウォーズ」にします。今はまだ皆さん笑われるかもしれないけども、本気で100億円以上を狙える映画だと思っています。正直言って、今までディズニーが配給したあらゆる作品のレベルをもう遥かに超え、映画業界にとっても恐らく、今まで公開された中でも最高の部類に入る映像なのではないかと。言わば“史上最高のカルトムービー”です。100億の興行収入を狙うと言って、興行や業界の皆さんに納得して頂けるだけの下地を2012年のGWくらいまでに確立したい。
単にスーパーヒーローとか、超人とか、そういう言葉は一切使いません。キャラクターは個々にそれぞれのトラウマを持ち、戦わなければならない理由がある。しかし、ひとりでは戦えない巨大な敵に挑むという話。彼らがチームになるまでには、それぞれ紆余曲折がある。
いま日本のマーケットの中で、絆、友達、仲間だとか、そういった精神的な支柱を強く意識させられる作品。しかも映像の迫力は最上のレベル。エポックメイキング的な作品になる予感がします。上の層にも刺さるし、もちろん子どもたちは子どもたちで、キャラクターたちの戦い方や武器に拍手を送ることになるでしょう。「アベンジャーズ」が物凄くブレイクすれば、その後にそれぞれのキャラクターがまた自分たちのフィールドに戻って「アイアンマン3」や「マイティ・ソー2」が既に予定されています。今までのマーベル作品の数字よりもプラスアルファの数字が、この「アベンジャーズ」以降に出てくるだろうと思います。ディズニー・ジャパンにとって大切な作品で、世界的にも最重要なプロジェクトです。日本以外の国ではフランチャイズが出来ているでしょうけど、日本ではそのフランチャイズをいかに「アベンジャーズ」で作るかですね。
実は僕はこの作品にかつての東映のオールスター任侠映画的な要素を感じています。巨大な悪にこれでもかと虐げられた世界が、それぞれ素性の違う侠客を集めて立ち向かう。ラストのシークエンスにある最大の見せ場であるバトルへ向かうキャラクターたちの姿に、映画ファンは熱くなると思います。映画のコアファンから、日本中を席捲し、現象にしていくような興行にしていかなければと思っています。
――ラインナップ発表以降、「アベンジャーズ」への興行者の期待は高まってきていますか。
木村 我々の思う映像を興行者の皆様には、来年の3月か4月頃に見てもらおうと思っていますが、たぶんイメージは一新されるはずです。アメリカの公開は5月、日本はGWにアメリカ同時公開も考えたんですけど、日本はなぜ8月にしたかというと、戦略的に意図があってのことなんです。20億円くらいを狙うんだったら同時公開でも全然構わないんですけど、そんなレベルの映画ではないということを日本で徹底して売り込んでいかなければならない。間違いなくマーベル作品で、日本で公開された中で最高の興行成績を収めますよ。
日本オリジナルなプロモーションでアピール
――ドリームワークス作品も期待作が揃っていますね。
木村 3月2日にリリースする「戦火の馬」ですね。スピルバーグ監督作品ですが、まあ素晴らしいですよ。ディズニーではこういった映画を持ったことはないです。これだけのクオリティがあって、これだけのエンターテインメントに仕上がっている映画はなかなかない。一見地味な映画かなと思ったのですが、「プライベート・ライアン」や「シンドラーのリスト」よりもエンタメ性は強いですね。主人公は馬ではなく、それぞれに切り取られた第一次大戦中の人間ドラマ。このスト-リーを一本の映画としてこれだけ完成度高く描けるのはスピルバーグならではだと思いました。
「戦火の馬」(C)Dream Works Ⅱ Distribution Co., LLC. All Rights Reserved
それから4月13日公開の「ジョン・カーター」です。もともとSFの古典なんですが、これも日本の売り方はアメリカとはちょっと違って、ジョン・カーターという人そのもの打ち出していきます。彼が南北戦争から故郷に帰還し、奥さんと娘を惨殺されたところをから始まります。「スター・ウォーズ」や「アバター」の原型になったと言われていますが、ある事から別の惑星に行ってしまう話です。そこでも闘いに巻き込まれていき、娯楽大作ではあるけれども、彼自身の重厚なドラマがバックにあるので、その辺を日本のオリジナルなプロモーションでアピールしていきたい。
それともう一本は、7月にリリースするディズニー/ピクサーの最新作「メリダとおそろしの森」。いつも新しいものに挑戦するピクサーのアニメですけど、今回はスコットランドの深い森の中が舞台。スコットランドは日本と同じで古代の森が信仰の対象になっていたりする。そんな森の中で自分の運命を見つけて、その運命と戦っていく一人の少女のお話。少女から女性になるプリンセスの話なんですけど、非常にアクションと精神性の高い映画なので、ピクサーの映画の中では、今までのターゲットだけでなく、もっと上の層にもアピールできる作品。「WALL・E/ウォーリー」や「レミーのおいしいレストラン」同様にカップルでも見られる映画で、大人の映画ファンにも支持される映画になってもらいたい作品です。
2012年はこの4本に加え、いろんなジャンルの映画がありますけども、3月31日リリース予定のドリームワークスの「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」、これは個人的にイチオシな映画で、ユーモア、感動のドラマです。「戦火の馬」と同様にアカデミー賞の候補になると思いますけども、1960年代前半のアメリカ・ミシシッピ州を舞台に、封建的な慣習を打破しようとするひとりの女性と、差別された黒人メイドたちの物語です。この作品が今年アメリカでヒットしたということ自体がひとつの事件だと言われています。
それと40代、50代のムービーファン、昔のトレンディドラマを見ていた人には懐かしい、ジュリア・ロバーツとトム・ハンクス共演の「幸せの教室(仮題)」、アクション・ムービーの「崖っぷちの男(仮題)」、それからちょっと目先を変えて、実話ベース。サメに片腕を奪われた女性プロサーファーの人生の再挑戦を描く「ソウル・サーファー」とか、このあたりはディズニー以外のスタジオから集めてきた作品ですけど、非常にバラエティに富んだラインナップになっていると思います。
「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」
(C)2011 Dream Works Ⅱ Distribution Co., LLC. All Rights Reserved
業界の評価と我々自身の確信を取り戻したい
――この5本柱をそれぞれ営業していくのは大変ではないですか。
木村 ディズニーが興行者さんから絶大に支持されてきたのは、かつて一本の映画をきちんと諸費者目線でマーケットに送り出していたからだと思います。これからマーベルやドリームワークスをやる中で、今まではファミリーピクチャーにおいては絶対的なノウハウがあるけれども、それだけじゃない映画ファンに喜んでもらえる映画、あるいは一般の方に喜んでもらえる映画を、他の配給会社、メジャースタジオ以上のレベルで扱って行かなければ、配給会社としてイニシアティブはとっていけないと思います。
ウォルト・ディズニー・ジャパンのスタジオ部門はアニメのディズニーではないし、ピクサーのディズニーではない。「戦火の馬」「幸せの教室(仮題)「ソウル・サーファー」といった作品、一般映画でもいかにきっちり配給いくか。98年に自社配給で立ち上がったブエナビスタが今に至り、そこから15年の間で日本のマーケットの中で高い信用は築いてきたと思います。
鈴木(英夫)前代表、
佐野(哲章)前々代表の時代から。もちろんディズニー/ピクサーのアニメーション作品はいつでも主力になってきたけども、「アルマゲドン」が大きくブレイクした一番初めの作品だったし、「パール・ハーバー」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」がそうでした。これらはむしろディズニーレーベルを全面に押し出した作品ではなかったですよね。これらの成功で一般の映画ファンに配給会社として広く認知をされました。その映画の魅力をきちっと売れたことで見に来てくれた。そこにプラスしてディズニー・アニメ、ピクサーみたいなファミリー作品が噛んでいけば、おのずと評価がついてきた時代でした。再び、業界からそのような評価と、何より我々自身の確信を取り戻したいですね。
――来年は新たなチャレンジの年となりそうですね。
木村 本当に新たにチャレンジですよ。来年は、ピクサーのアニメを除くと、日本でフランチャイズを持っている作品は一つもないので、予算を組む上では非常に厳しいんです。来年はいわゆる上下幅が大きい作品、上にブレれば記録的な年にまた出来るだろうし、ただこれを上手く当て切れないと、今の厳しい洋画の現状にあってはディズニーへの評価もまた厳しいものになるに違いありません。その次の年、13年にうちは本当に珠玉の作品を、またそれ以上に大作を揃えていますので、そこで本当に大きく稼ぐためにきちっとした試金石していかなくてはいけない来年のラインナップだと思います。
――ホーム・エンターテイメント部門と統合したことによるシナジーをどう考えていますか。
木村 フランチャイズという考え方で言うと、映画だけで単独で走るのではなくて、ここにディズニーの全ての部門が一本の映画をサポートするような体制というのは、非常に強力に敷かれていると思います。今までもディズニーブランドの強みというのはもちろんあったんですけど、よりシナジー効果というのは出ていると思います。
ただ、自分は配給会社で育ててもらった人間なので、この業界の中で配給会社の一員として映画を当てていかないといけないとも思っています。ディズニーのサポートは必要ですけど、ゴールは我々がきちっと映画を配給していけるかどうか。一つの配給会社としてどれくらい純度が高いかというのが目標でもあるので、僕らが頑張って映画を当てていくことが、ディズニーのパワーアップにつながっていくという考え方でやっています。
映画は誰に支えられているのか!?
――ラインナップ発表会で、日本の映画業界をリードしていきたいと仰っていました。
木村 そういうこと言うと凄く不遜ですが、今までもかなり業界の中ではリベラルなことを言うと思われているかもしれないですね。当然業界の中でなければならないことってあると思うんです。業界ならではの伝統というか、戦略というものがある。でも、単純に慣習のものもあると思うんですよ。映画業界は閉鎖的なところも多分にあって、変わっていかなければお客さんのニーズに応えていけない部分もあると思います。
ディズニーは営業的なところでも、例えばデジタル・ブッキングのことに関しても、興行会社とのこれまでの部率決定のシステムやリリースの戦略そのものに対しても改革派のリーダーになっていきたい。と言っても古いものを否定するわけではなくて、良きものは残すし、疑問に感じたことはどんどん変えていくべき。いろんな面で今までもそうしてきたつもりだし、これからはもっとそれが顕著なことになるんじゃないでしょうか。
映画を当てるためにひとつ考えなければいけないのは、「映画は誰に支えられているのか」ということですよ。映画は大衆のものであるというのは、この10年間で崩壊してしまっていると思う。演劇ほどではないけど、非常に限られた、非常に習慣性の高い人たちに支えられている。特に洋画はそういう業界で、ヘービーユーザーに支えられているのが日本の映画界の現状であって、なかなかそこに新規参入者がいない。洋画に関して言うと、コアターゲットは平均年齢もかなり上になっている、下手した
らかつて洋画で育った世代の50歳、60歳だけになってしまうと思うんですよ。
それは日本の人口の構造的な問題もあるけども、映画業界の構造的な問題でもある。まず一つ目は我々を支えてくれている、それだけ映画を愛してくれている人たちをいかに減らさずに、彼らに対して興味を持ってもらえる映画を配給できるか、宣伝ができるか、営業が出来るか―。
そして同様に大切な二つ目は、新しい人を呼ばなくてはならない。新しい人を呼ぶためには、そこに映画の面白みを知ってもらわなければならないので、オールターゲットに打てるブロックバスターも必要だし、ピクサーのアニメなどを一生懸命プロモーションすること。将来をにらんで、今の映画ファンを減らさず、その両方を叶えるために。うちはたぶんメジャースタジオの中でも最も幅広いターゲットを狙えるラインナップ群を持っている配給会社ではないでしょうか。そのラインナップを作ることもまた自らに課したものです。ディズニーブランドは間違いなくうちの強みだと思っています。でも、それだけでは理想の配給たり得ない。5年先、10年先の市場をにらんで映画を売っていくことも今の僕らの戦略です。今はお客さん一人ひとりに決して満足してもらえる業界ではないということをいつも肝に銘じています。
映画業界が全員で戦略を考えなければならない時期
これまでは興行と配給、制作も含めて、それぞれに映画業界が連携しながらひとつの村社会の中で頑張ってきました。ただ、今はそれぞれが頑張っていくという形だけでは、お客さんのニーズには応えられないのではないかなと。全員で戦略を考えなければならない時期に来ていて、もがいている状況が今の映画業界。だから、配給会社の一員として意見を言う事はもちろんだけど、どうしたら消費者の目線で、どうしたら映画が見やすくなるのか、見てもらえるのかということをみんなが考えなければいけない。特に我々メジャースタジオはそれをもっと敏感に感じて、お客さんと映画の接点をもっと増やしていかないといけない。
それと同時に、映画を見る習慣を今の小学生、中学生にしっかり作ってもらいたい。業界を弱らせてはいけないと思うんです。映画人だから映画の力も信じなければいけないと思うんです。映画を見て良かったねって言ってもらえて、映画を見る鑑賞体験をきっちりしてもらえるというのが、大事なことだと思います。
そういうこと含めて、ディズニーの作品を通してですけど、あるいは僕らが配給できるという環境として業界の中を少しでも変えていきたいというのが、とりあえず僕が、うちの営業で打ち出している指針、目標になります。それをやるためには、当然業界の中でのリーダーシップとか、配給会社としてのマーケットの中でのシェアとかを取らなければならない。そのためには常に改革を意識しなければならない。また、マーケットに対する発言力を持つためにもディズニーは出した映画をきちっと当てていこうと。一本たりともおろそかには出来ない。たまたま10年、11年と洋画配給会社の中ではトップの位置を取れたと思うんですけど、こんなところで満足していてはいけない。いつかは洋画配給会社として東宝の配給部と互角に戦えるくらいのシェアを取りたいですよ。それも僕らの大きな目標です。
それから最後に僕らの世代の仕事としては、5年先の宣伝マンと営業マンを作るというのもひとつの目標です。これは来年だけの目標ではなくて、ずっと継続的に、この業界でエースと呼ばれる人たちを育てていかないといけないですね。(了)
プロフィール
木村光仁(きむら・てるひと)
慶応義塾大学卒業後、東宝東和㈱で営業部、宣伝部勤務。
1987年ブエナ ビスタ インターナショナル ジャパン(現ウォルト・ディズニー・ジャパン㈱スタジオ部門)に移籍。
07年より同社セールス エグゼクティブ ディレクターとして現在に至る。50歳。