2020年6月に守谷氏主導のもと発足したIRORI Records(以下、IRORI)。「音楽が持つ本質を的確に発信すること」をコンセプトに掲げながら、独自の音楽性を持つアーティストとクオリティの高い作品を次々と世に送り出し、音楽ファンの信頼を勝ち得てきた。
レーベルを率いる守谷氏は08年にポニーキャニオンに入社。営業職や関連会社であるPCI MUSICへの出向を経て、11年からA&R業に従事。さまざまなアーティストを担当し、研鑽を積んだ。
17年にはインディーズシーンで高い評価を得ていたスカート、翌18年にはヒゲダンを発掘・メジャーデビューに導き、新レーベルのヘッドとして白羽の矢が立った。
オファーを受けた時点では、レーベルのコンセプトなどは決まっておらず、「個人的に『こういうカラーにしたい』という具体的なアイデアもなかった」というが、一方で自身が考えていた〝従来のキャニオンのレーベルとは差別化したものを作りたい〟という思いを形にすべく、会社側に新たなビジネスモデルの構築を進言した。
「まずはレーベルの方向性というより仕組みの部分ですよね。本質的な魅力を持つ音楽を発信することは前提として、この先のレーベルの未来を考えた時に、音源だけでなくアーティストとトータルでビジネスをしていく新しいスタイルを作っていく必要性があるのではないかとプレゼンしました」。
音源制作やアーティストのマネージメントといった従来型のレーベル業だけでなく、ライブやマーチャンダイジングの企画制作、ファンクラブの運営に至るまでのすべてを自分たちで担うレーベルを作る。それと同時に、自身が一緒に仕事をしたいと思う有望なアーティストを発掘して「売れるものではなく、売りたいものを売っていく」。この2つが守谷氏の思い描くIRORIの理想像だった。
とはいえ、本質はシンプルに「良質な音楽を発信すること」。レーベル名の「IRORI」は、日本語の囲炉裏に由来するもので、囲炉裏を囲んでいる時のような心に沁みる音楽を届けたいという思いが込められている。
重視するのは「音源」と「クリエイティブ力」 所属アーティスト第1号は自ら発掘したヒゲダン、スカートの2組で、その後もHomecomings、Kroi、SOMETIME’S、TOMOO、Bialystocks、go!go!vanillasなど、年に1~2組のアーティストと契約。現在では提携レーベル・KAGAYAKI RECORDSの阿部真央も含む全11組のアーティストが所属している。
一見ジャンルや音楽性もバラバラに見えるラインナップだが、アーティストの選定に関して、守谷氏が最もプライオリティを置くのが「音源」だ。
「レーベル立ち上げ時から純粋に『音楽で勝負していく』というマインドは持ち続けています。アーティストの核となるべきは音源で、逆にその時点でのライブ動員数だったり、SNSのフォロワー数といった他の要素は一切気にしません。あくまで音源を聴いて、その上で自分たちが『これを売り出したい』と思えるかどうか。そこの熱量を最優先に判断しています」。
こうした音源に対するこだわりは宣伝面にも貫かれており、プロモーションでは“音が鳴るメディア”を重点的に展開。氏がヒゲダンを見つけるきっかけがラジオだったこともあり、「僕らの武器が音楽=音源だとすると、それをいかに聴いてもらえる機会を増やせるかどうか。これまでの所属アーティストにしても、それぞれのジャンルのトップミュージシャンと契約している自負があるし、一度聴いてもらえれば絶対に好きになってもらえる自信があります」と力を込める。
IRORIを語る上でもう一点欠かせないのが、アーティストの才能をそのまま伸ばしていく〝アーティスト至上主義〟である点だ。
これについて守谷氏は「うちは組織としてとても大きいわけではないので、基本的にはクリエイティブ力を活かしていくことが大事」とした上で、「先ほどの音源の話にも連なる部分ですけど、たとえば何か曲を作ろうという話になった時に、作品の中身に口を出すことはほぼありません。それより大切にしているのは、アーティストが作りたいものがあったとして、それがより良い質になるスタッフィングをしたり、方法をアドバイスしたり、一緒に『膨らませていく』作業ですね。アーティストの表現したいことをしっかりヒアリングして、それが実現できるように予算だったり人員だったり時間だったりを惜しまず投下していく。これはひとつIRORIの特徴で、(アーティストと)契約交渉をする際にアピールするポイントでもあります。自身のクリエイティビティを大切にするアーティストとは特にマッチする部分だと思っていて、実際自ずとそういうアーティストが集まってきていますね」と語る。
ちなみにレーベル名には、囲炉裏で調理する料理のように素材の良さを活かした味付けにしたいというニュアンスも込められており、前述の守谷氏の趣向を表すようなネーミングにもなっている。
自己評価は「想定以上」/メジャーレーベルの役割 これまでの歩みを振り返り、守谷氏は「自分たちのブランドをしっかり確立できて、当初想定していた以上の形になっている」と自己評価。この5年間で最も感慨深いと感じるのは、立ち上げ当初に契約したKroi、TOMOO、Bialystocksの躍進だという。
「彼らは初期から音源だけでなくアーティストにまつわるあらゆるビジネスを一緒にやってきて、KroiやTOMOOは武道館、Bialystocksも国際フォーラムをソールドアウトできるところまできた。この5年の間にそれが実現できているということはIRORIブランドの礎になっていると思いますね。アーティストや業界の方々に『良いレーベルだね』と言っていただける機会も増えたので、そういった部分はしっかり誇りを持っています」。
現在はSNS上でアーティストが直接作品を発表、バズを巻き起こし、チャートを席巻するというパターンも多く、メジャーレーベルの存在意義が問い直される時流にもなっているが、これについて守谷氏は「バズが如実に音楽チャートに反映されるようになって痛感しているのは再生数=ファンの数ではないということ」と持論を展開。
「再生数がすごい数だからといって、ライブの動員が同じようについてくるかというと決してそうではない。逆に言うと音源がチャートに載る動きをしなくても武道館ライブをソールドアウトにできる。この現象を考えた時にどんな作品を作って、どんな風にプロデュースし、どういう形でリスナーに届け、ファンとして会場に足を運んでもらえるようにするのか。そこにこそレーベルの意義なり役割があると思っています」とし、「僕らがどういったアーティストを発掘して売り出していくかで音楽シーンも変わると思うので、そうした文化の創造という面でも使命感をもって取り組んでいきたいなと思います」と熱い思いを口にした。
海外での反響に手応え、キャンペーン施策も
「The Great Escape 2025」の様子(写真はgo!go!vanillasのステージ)
5周年という節目を迎え、今年5月にはイギリス・ブライトンで行われた音楽フェスティバル「The Great Escape 2025」内でIRORI初のショーケースイベントを開催。もともと洋楽好きで、所属アーティストにもイギリスやヨーロッパの音楽にルーツを持つアーティストが多いことから「自分たちの音楽が本場でどういう反応を得ることができるかチャレンジしてみたい気持ちがあった」という。
イベントにはIRORIの幅の広さをアピールするという意味で、a子、Bialystocks、go!go!vanillas、Kroiと、それぞれカラーの異なる4組をブッキング。他社も含めて例を見ないイギリスでのショーケース開催ということで、集客面などで読めない部分もあったが、蓋を開けてみれば400キャパの会場が超満員となる盛況ぶり。
実際に現地を視察した守谷氏も「フェスの運営が僕らのパフォーマンスの内容にめちゃくちゃ興奮してくれて、『今回自分が担当したステージで一番良かった!』と言ってくれるスタッフの方もいました。客観的に見ても自分たちのステージはクオリティが高いなと感じたし、文化の大きく異なる西洋の音楽ファンが熱狂してくれて海外にも響くんだなと自信になりました」と手応え十分で、「費用面のこともあるのでどういう形になるか模索中ですが、来年以降も継続してアプローチを続けていきたいです」と引き続き海外戦略にも力を入れていく考えだ。
また7月から8月にかけては、タワーレコードとのレーベル設立5周年の記念キャンペーンを実施。これは所属アーティストが増えてきた中で“ファンの方々に推し以外のアーティストも聴いてもらうきっかけを作りたい”との思いから企画されたもので、渋谷店ではポップアップも開催。
「タワレコさんはレーベル初期からプッシュしてもらっていて信頼しているショップなので、今回一緒にやらせて頂きました。ポップアップ用に初めてIRORIのオリジナルグッズ(Tシャツ、トートバッグ)も作って、そこそこ売れたので良かったです(笑)」と、こちらも充実感を感じさせる施策となった。
「イメージにとらわれず常に挑戦し続ける」
レーベルの運営に関して、「常に自分たちの理想と、売上だったり利益だったりっていう現実とのせめぎ合い」と笑う守谷氏。
苦労という点では「変わらずにいる大変さ」を挙げ、「規模感が少しずつ大きくなっていくにつれて現実の方に流されかける瞬間もゼロじゃないのですが、そういう時は自分の好きな音楽を聴いて原点に戻るようにしてますね。バズっている曲を聴いて『でも、こういうことがやりたいわけじゃないよな…』って、あえて思い直したりすることもあります。所属アーティストも増えましたけど、良い音楽を発信していくという根本の部分は今後もぶれずにやっていきたいです」と思いを新たにする。
直近では、氏が「独自の音楽性で、同業者からも一目置かれるアーティスト」と評するa子、S.A.R.(エスエーアール)といったニューカマーがデビュー。「2組ともまだまだこれからのアーティストなんですけど、a子でいえば海外からの再生数が圧倒的に多くて、今度1000人キャパでの台湾ワンマンも決まっています。近々発表できると思いますが、この先も新しいムーブメントを起こせるようなアーティストラインナップが控えているので、楽しみにしていただければ」と期待感を抱かせる。
今後10周年、15周年に向け、守谷氏は「良くも悪くも客観的イメージは付いたと思うので、そのイメージに呑まれないようにしたい」と抱負。「アーティストなりジャンルなりといったものを、今のカラーに合わせるのではなく、常に挑戦し続けて新たなIRORI像を作っていく。売上や利益といったことも大事なんですけど、そこだけ追及すると崩壊しかねないので、理想と現実のバランスを大切に成長させていきたいですね」。
なお守谷氏は10月1日付人事で新たに音楽事業本部の統括部長に就任。IRORIだけでなく音楽事業全般の舵取りも担っていくことになる氏の手腕に今後も注目だ。
(取材 白井良資)