ブランディングのコツとは? 「コンテンツ東京」セミナーレポート
2025年08月20日
先ごろ東京ビッグサイトで開催されたコンテンツビジネス総合展「コンテンツ東京」(7月2~4日)では、今年も業界のトップランナーたちによる様々なセミナーが開催された。近年の潮流に沿い、「AI」をテーマとするセミナーが目立ったが、それと並んで今回の注力テーマに挙げられていたのが「ブランディング」だ。
企業や商品のイメージに直結する「ブランド」は、ビジネスをする上で今も昔も欠かすことのできない大切な要素だが、SNSが浸透し情報が氾濫する現在では、ブランド構築による差別化はより重要性を増してきている。また、コンテンツ東京では来年夏に「ファンコミュニティマーケティングEXPO」の新規開催も決まっているように、企業や商品と消費者の間で築かれる信頼関係もより重みを増しており、その点でも「ブランド」のイメージに沿った企業の姿勢が求められている。
本紙は今回のコンテンツ東京で、ブランディングを題材にした5つのセミナーを取材。いずれも映像コンテンツを扱う内容ではないものの、企業はもとより、人気作品やフランチャイズを持つ会社、優秀な人材を求める会社にとって、今後のビジネスのヒントになる要素が散りばめられているはずだ。
「らしさ」を認識、打ち出す際は「共感」「差別化」
まず、ブランディングを始めるにあたり、複数のセミナーで“重要”とされたのが、自社(あるいは商品)の「らしさ」を社員自身が認識することだ。やまやコミュニケーションズやオタフクソースなどをクライアントに持つコンサルティング会社アイディーエイの松田瞬氏(ブランディングデザイン部 デザインコンサルタント/部長代理)は、来場者に向けて「皆さんが担当されている商品やサービスの“らしさ”を自分の言葉で言えないと、社外にもなかなか伝わらない。ここを突き詰めることがヒントになると思う」と話す。関西テレビやMBSなどをクライアントに持つブランディング企業トゥモローゲートの西崎隼平氏(常務取締役 最高戦略企画責任者 ゼネラルマネージャー)も「ブランド作りの根幹をちゃんと押さえていれば、売上も伸びるし、社員も辞めないし、生産性も高まる」と、まずは自社の強みやポリシーをきっちりと認識することが重要と訴える。西崎氏はその考えに至った経緯として、かつて人材採用をサポートした企業とのやりとりを振り返り、「イケてるウェブサイト、イケてる説明会で格好良く見せ、人がどっと集まればうまくいくと思ったが、1年後にその会社を訪ねたら、『あの時に入社した人は全員辞めたよ』と言われた。僕らは根本的にお客さんに価値提供できていないと思い、そこから企業理念の構築、評価制度の構築といった、企業ブランディングの根っこづくりから手を伸ばしていった」と説明し、ブランドにとって一番大事なものは「期待されたことを守る」ということだと熱弁した。
アイディーエイの松田瞬氏
トゥモローゲートの西崎隼平氏
ブランドの“らしさ”を抽出したあとは、実際に一般に打ち出す際に「共感」と「差別化」がポイントになってくるという。クライアントの沖電気工業とともに登壇したPR支援会社rayoutの権賢幸氏(取締役 コミュニケーションデザイン リーダー)は「今の求職者の方は、制度や条件以上に、どんな人が働いているかとか、共感できるかといった、企業の価値観やカルチャーを重要視する傾向にある」と、共感性が鍵を握るとの考えを示す。また、その際はSNSの活用がポイントとなり、「SNSは発信の場と思われがちだが、本質的には『共感を作る場所』。企業と人材の間に心のつながりを生むメディアになってきている」と分析する。アイディーエイの松田氏は「自社商品を体験してもらい、満足度を上げ、共感してもらい選ばれやすい状態になり、応援したいと思ってもらえるかでサイクルが回り続ける」とした上で、消費者が別ブランドに移ってしまう「離反」も必ず起きることであると指摘。ただ、離反が起きてもユーザーに戻ってきてもらい、選ばれ続けるためにも「差別化」する必要があり、「いかに差別化された独自の魅力、価値を提供できるか。ここに尽きる」と語った。
トゥモローゲートの西崎氏は「例えば採用サイトに情報を載せる際に、『アットホームな会社です』と謳っても、そういう会社は何万とあり、結局は企業規模や給料、家から近いといった要素で選ばれ、アットホームかどうかでは選ばれなくなってしまう。アットホームだと感じさせるブランディングをしないといけない」といった例を挙げながら差別化の重要性を説いた。一方で、一時のブームに乗り、自社の根っことは関係の薄い企画を打ち出すことはNGで、「ミスブランディングにつながりやすい。自分たちのポリシーに則ったうえで、他がやっていないことの打ち出しを見つけてほしい」(西崎氏)という。
rayoutの権賢幸氏(右端)
ブランディングに高速インフラなし
こういった共感や差別化を生み出すために不可欠な要素の一つが「デザイン」だ。約38年にわたり味の素でデザインに携わり、現在は日本広告制作協会の理事長を務める名久井貴詞氏は「デザインで、美しいものを作るのは当然の仕事。だが、これに翻弄されている人がすごく多い。英語の辞書で“design”と調べると、設計・計画を意図的に行うと書いてある。よく言われる“意匠”なんてどこにも書いていない」と指摘し、デザインとは綺麗に描くことが主題ではないとの考えを示す。また、ブランディングがマーケッター主導になりがちになる中で、デザイナーも積極的にマーケッターの悩みを聞き出し、クライアントとも一緒に開発していく意識を持つことが重要との持論も述べた。
さらに名久井氏は、ブランディングには時間がかかるとの認識も述べる。ブランディングの成功事例として「ほんだし」「バーモントカレー」「ポッキー」などの著名な商品例を挙げた上で、「これらの商品ブランドは、認知率、好感度、忘却度(の低さ)で好成績を収めているのは容易に理解できる。当たり前に見えるが、これらも発売した頃は全然ブランドはなかった。毎年毎年、ブランド活動の積み重ねで成長してきた」と語り、自身が勝手に思っていることだと断った上で、「(ブランドは)最初は赤字。黒字が出るわけない。でもずっと頑張ると、ある時に黒字転換する。その黒字転換した時がブランドが独り立ちした時。ブランディングには高速道路のような高速インフラはない」と、一過性のものでなく、継続性が肝心との考えを示す。これはさきの西崎氏による「自社の根っことは関係の薄い企画を打ち出すことはNG」との指摘と同義だろう。
日本広告制作協会の名久井貴詞氏
中京テレビの吉田直史氏(右)
「共感」をキーワードに、高校生を対象としたユニークなサービスを紹介したセミナーもあった。中京テレビ放送が新規事業としてエクオルとともに展開している「スタディジャム」は、実在の企業が抱えるマーケティング課題や悩みについて、高校生が「総合的な探求の時間」(旧:道徳の時間)や「課題研究」の授業で課題として取り組むことをサポートするサービスだ。月に何度もある「探求の時間」は課題がマンネリ化傾向にあり、企業が持つ課題に取り組めるスタディジャムは、教育現場からも好評を得ているという。中京テレビの吉田直史氏(ビジネスプロデュース局 ビジネス開発グループ)は、「アイディア自体を高校生に求めていくというよりも、実際に(高校生に)経験して頂ける場を作るということ」と狙いを語り、「高校生にセブン‐イレブンに来てもらうにはどうしたらいいか」というテーマで広島の商業高校で実験したところ、特に教員から指示はしなかったものの、生徒たちが自主的にセブン‐イレブンに足を運んでいたという。「企業が悩みを見せる、腹を見せて高校生に考えてもらう。この本音でやりあった経験がブランディングにつながる。憧れから共感。こういった取り組みがますます効果的になってくる」と語った。
複数のセミナーで「夢」というキーワードが出てきたことも見逃せない要素だ。日本広告制作協会の名久井氏は、短期志向のマーケッターが多いものの、ブランディングには長期視点が必要だと指摘した上で、「そこに物語・夢視点という考え方を取り入れてみませんか、と提案したい」と話す。同じく、アイディーエイの松田氏も「ブランディングを始める際に、課題は何か、今の問題は何か、という現状把握から始めるケースが多い。でもそこじゃなくて、本当はブランドとして目指したい姿は何か、実現したいことは何かと、夢から始めるべきだと私は思う。夢があることで、その夢との差分がわかり、解決していくための分析や計画を立てるという話ができると思う」と、自社の“らしさ”と共に“夢”を明確にしていくことが必要との考えも示した。
※当記事は「文化通信速報(映画版)」2025年7月25日付で掲載したものです。
取材・文 平池由典