『でっちあげ』"今の世の中に突き刺さる" 東映・和佐野健一Pに聞く
2025年06月27日
東映配給『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』が、6月27日(金)に劇場公開される。主人公は、生徒への身に覚えのない暴言や体罰を理由に、実名報道、民事裁判へと絶望的な状況に追い込まれていく一人の小学校教師。2003年に実際に起きた出来事を、20年以上経ったいま映画化する意図とは。企画・プロデュースを務めた東映の和佐野健一氏(ドラマ企画制作部 企画制作室長 チーフプロデューサー)に聞いた――。
『でっちあげ』の和佐野プロデューサー
同作は、日本で初めて教師による児童への虐めが認定された体罰事件を追った、福田ますみによるルポルタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」を原作としている。2007年に新潮社から刊行された同書について、和佐野氏は「かなり前に読んではいたのですが、(ドラマの担当のため)当時は映画という選択肢は思い浮かばなかったですし、実在の方がたくさん出ていらっしゃる作品なので、テレビでは難しい題材でした。ですので、すごく興味はあるんだけども、その時は動き出すことはありませんでした」と回想する。
しばらくは原作のことを忘れていたという和佐野氏だが、潜在的に「でっちあげ」というワードを意識していたのか、ふとしたきっかけで数年前に原作を読み直す機会があり、その現代性に衝撃を受けたという。「これは今やるべきだと思いました。でっちあげられたものが、裏取りもされないまま世の中に出てしまい、誰かを傷つけてしまう。SNSの時代となり、その傾向はますます強くなっていると感じています。私自身、文章を数行読んだだけで、会ったこともない人に対して無責任に怒りを覚えることもありますが、これって実は何も考えていないんですよね。自分の浅はかさを突きつけられたようで、得体の知れない居心地の悪さを感じたんです。今の世の中に突き刺さるテーマになると思いました」。
東映は近年、映画部門に限らず、全社で映画の企画を立ち上げる体制になっている。ドラマ事業部門でも、ベースはドラマとしつつ、昨年12月公開の映画『【推しの子】』や今年7月に公開を控える『この夏の星を見る』のように、柔軟に映画作品にも取り組んでおり、和佐野氏も「でっちあげ」の映像化企画を映画として立ち上げることを決めた。
この作品のメガホンを託したのは三池崇史。バイオレンス映画の印象が強い監督だが、和佐野氏は「誤解されがちですが、三池監督は人を撮ることに長けた方で、その手腕に賭けました。私が感じた“居心地の悪さ”みたいなものを土台にしつつも、三池監督ならエンターテインメントにしてくださると思ったんです。監督も『こういうのがやりたかったんだよ!』とおっしゃってくださいました」と経緯を語る。
実際に起きた事件を題材とするにあたり目指した方向性は、客観的な描写だ。「(原作の)ルポルタージュを読んでいても、(教師を告発した)母親は子供が体罰を受けたことを信じているんです。そして、それを報道した記者も、困っている親子を助けようという思いがおそらくあったはずで、結局誰も悪人がいない気がするんです。問題は、ふっと入ってきた1つの偏った情報を鵜呑みにし、深く考えることもなく一人の人間を断罪してしまう我々なのではないか…。これは企画書の一行目にも書いたことでした。その想いを、説教臭いメッセージで伝えるのではなく、起きた出来事を客観的に描くことで表現してもらいたいと思いました」。
その狙いはキャストの起用にも表れている。主人公の教師役として綾野剛にオファーした理由について、和佐野氏は「いわゆる“色”がない俳優さんにお願いしたかったんです。暖かい太陽の色や、冷たい水色など、多くの俳優さんは背負っている“色”がある気がするのですが、綾野さんは何色でもないものを表現してくれる稀有な俳優さんです。かねてより一緒にお仕事をしたいと思っていた方ですし、本作でお願いしました」と語る。実際、綾野が演じる“色のなさ”の凄さが表れたシーンとして、和佐野氏は主人公が法廷の場で自身にかけられた疑いを「完全否認」する1コマを挙げる。「まずは母親側の主張を描いた上での『完全否認』、続いて教師側の視点で描いた上での『完全否認』。同じシーンが2度繰り返されるのですが、全く同じカットを使用しています。にもかかわらず、いかにも言い訳しようとしている表情と、かたや必死に無実を訴えている表情に見える。見る側の感情や角度によって見え方が変わるという、この映画のテーマ、やりたいことを突き詰めて体現してくださいました」と絶賛する。
事象を客観的に描く作品を目指した結果、マスコミ試写でも面白い反応が寄せられているという。「受け手にどう見えるのかなと興味があったのですが、意外にも『感動しました』という方がけっこういらっしゃって、泣いて出てくる方もいました。一方でSNSでは『胸糞悪い』といった反応まであり、ここまで振れ幅の大きい作品はなかなか無いんじゃないかと思います。ただ、いずれにしても皆さん何かを『食らわされた』といったようなことをおっしゃいます。思った以上の手応えです」。
和佐野氏は、こういった問題をテーマにした映画に対し、若いライトな層にも関心が広がっていくことに期待を寄せる。「近年大ヒットしているエンタメ映画は、お客さんが内容をしっかり調べ上げ、それを確認しに行くような楽しみ方が広まっていると感じます。アーティストのライブやテーマパークのアトラクションのような感覚に近いかもしれません。それも映画の楽しみ方の1つですが、一方で映画館に入る時と出ていく時で全然違う感覚になるような、まさに『食らわされた』と思うような作品は少なくなった気がします。そういった作品を作らなくなった我々の責任だと思うのですが、やっぱりこういうジャンルもできるだけ多くの人に見てもらって、作品数が増えてほしいなと思います」という。そのためにも『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』をヒットさせ、市場活性化の呼び水にしたい考えだ。
取材 平池由典