『KILLTUBE』栗林監督
気鋭のコンテンツスタジオ「チョコレイト」が、製作費10億円規模の大作劇場アニメ『KILLTUBE』の制作に挑んでいる。
同作を制作するため、アニメーションスタジオの「STUDIO DOTOU(スタジオ怒涛)」を設立(KASSENとWACHAJACKとの合同チーム)。製作幹事をポニーキャニオンが務めることも決まった。現在(取材は2025年3月)は演出コンテが完成間近であり、2026年に映画完成予定、その後全世界劇場公開を目指している。
チョコレイトは2017年に創業され、コンテンツ企画を軸とした企業のプロモーションサポートを得意とする。一方で、その活動は広告の枠に留まらず、多くのエンタメを世に送り出しており、映画『14歳の栞』や『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』のヒットで映画業界からの注目度も年々高まっている。企業理念は「様々なかたちのエンターテインメントを生み出し、たのしみな未来をつくり出していく会社」だという。
そんなチョコレイトが、創業以来の大勝負に打って出たのが、3DCGをベースとした劇場アニメ『KILLTUBE』だ。現在まで江戸時代が続く日本を舞台に、決闘配信に挑む主人公たちを描くバトルエンターテインメント。1分間のパイロットフィルムを公開すると、そのユニークな世界観と疾走感あふれる映像に、日本にとどまらず世界中から期待の声が挙がっている。
このプロジェクトの大きな注目点は、オリジナル原作を育てていくための新しいチャレンジであることだ。人気漫画や小説を映画化することが必須になっている現在の映画業界で、新しい感性を持ったクリエイター集団のチョコレイトが大作オリジナル劇場アニメを作ったらどうなるのか――。その壮大な実験には、今後の映画業界にとって重要なヒントが隠されているかもしれない。同社取締役チーフコンテンツオフィサーであり、『KILLTUBE』の監督を務める栗林和明氏に、作品に込めた想いや狙い、戦略を聞いた――。
大きな勝負を仕掛ける時
――まずは『KILLTUBE』の企画を思いついた経緯を教えてください。
栗林 2つの大きなきっかけがあります。1つはストレートな理由で、チョコレイトとして世界に旗を立てられるようなド真ん中のエンタメ作品を作りたいという思いがありました。また、それは作って終わりのものではなく、成長し続けるものがいいなと思っていました。そういう意味では、世界観やキャラクターを拡張しやすい〝アニメーション〟はすごく可能性があるなと感じていました。ここに至るまでも、キャラクター展開や映画など僕らも色々な経験をし、こういう形ならヒットさせられるんじゃないか?といった手応えが生まれた段階だったので、大きな勝負を仕掛ける時だなと思いました。
もう一つのきっかけとして、なぜこのような作品にしたのかという点なのですが、もともとは漫画の企画として「鎖国が終わらずに江戸時代が今も続いていたら、どんな世界になっていたんだろう?」ということを考えていたんです。その中で『KILLTUBE』というアイデアが生まれていたのですが、せっかくならアニメーションにした方がより面白くなりそうだなと思い、映画という形をとることを決めました。
――「鎖国が終わっていなかったら」というユニークな考えはどのように生まれたのですか。
栗林 中学生の時から何となく思っていたんですよね。鎖国を学んだ時に、「もしこれが終わっていなかったら、今は全然違ったんだろうな」とボンヤリ思っていて、ずっと頭の片隅にあったんです。その中で、ある時ネットでストリートファッションを着こなした人が刀を持っているイラストが回ってきたことがあり、それがめちゃくちゃカッコ良かったんです。「こういう侍が存在し得る世界線はどんなものかな」と考えた時に、鎖国が続いていたら侍は残り、何かの理由で「動画」が入ってくれば、侍が決闘して人気になっている世界もありそうだなと結びついたんです。この世界観は面白そうだぞと。
『KILLTUBE』の世界観
世界中のものをエンタメに
――一方で、はじめに「チョコレイトとして世界に旗を立てられるド真ん中のエンタメを」とおっしゃっていましたね。御社の場合、企業のプロモーションサポートといった事業が地盤にありますが、それとは別に、自社のIPでドンッと勝負しようという思いがあったわけですか。
栗林 僕は両方やりたいという気持ちがすごく強いんです。でもその前に、ちょっと大きな話になってしまうのですが、僕らの会社は「世界一たのしみな会社になる」ことを目標としており、「世の中をどれだけ楽しみにできたか?」というところを指標としています。具体的には、まずど真ん中のエンターテインメントを作り、楽しみなものを作る技術をそこに結集させ、その技術を磨いていきたいと考えています。それがアニメ、映画、キャラクターなど、どんな形でもいいのですが、そこで培った技術を世界中のあらゆるものに注入したい。例えば、その技術を車に注入したらどんな車ができるだろうか。その技術を飲み物の文化に注入したらどんなものができるのか、といったことを考えています。色々な企業と新しい楽しみを生み出すために、ド真ん中のエンタメも作るし、色々な企業と繋がってブランドをプロデュースする仕事もしているという感じです。
――なるほど、「色々な企業と新しい楽しみを生み出す」という大きな目標に向かって、今着々と進めているということですね。
栗林 そういう意味では、「ド真ん中のエンタメで世界に旗を立てる」という部分を成功させることで、初めてちゃんと「チョコレイトは面白いものを作ることができる会社だぞ」と期待されるのかなと思います。その期待が生まれれば生まれるほど、例えばチョコレイトが「街作りをやってくれたらどうなるのか」、「学校を作ったらどうなるのか」といった想像に繋がり、僕らにとっても色々な企業と組めるチャンスが増え、アウトプットできる幅も広がるかなと思っています。
――つまり、チョコレイトを一言で表すなら、エンタメ企画会社という感じですか。
栗林 そうですね…“エンタメ会社”ですかね。僕らは「コンテンツスタジオ」と謳っていますが、その中でもエンタメ領域を一番やりたいと思っています。ただ、そのエンタメが、いわゆる限定的なエンタメ表現のためだけじゃなくて、世界中の全てのものを、よりエンタメにできたり、楽しみに変えたいという思いでやっています。
「越境」を大事に
――2017年の会社創業から8年目で『KILLTUBE』は最大の勝負になりますか。
栗林 明確にそうです。僕の人生でも一番大きい勝負で、これが失敗すれば自分の体が爆発するぐらいの覚悟です(笑)。本当に命を賭してやっているぐらいの気持ちです。
――その人生を賭けた作品を、非常にチャレンジングなスタイルで制作されています。既成概念を覆すような作り方に思えるのですが、そこにはどんな考えがあるのですか。
栗林 アニメに限らないのですが、「モノづくり」は視点が多ければ多いほど面白くできるという仮説があるんです。そこでチョコレイトでも大事にしている文化として「越境」という言葉をよく使うのですが、広告を作るにしても、例えばお笑い芸人が一緒にプランナーにいたらどうなるんだろうか?とか、脚本家がそもそも一緒にいたらどうか?とか、音楽を作る人が企画段階からいたらどうか?ということをずっと実験的にやっているんです。そうすると結果的に今までにないものに導かれていくと感じています。
――例えばどんなものがありますか。
栗林 (ユーチューバーの)あさぎーにょさんと制作した20分の映画『もう限界。無理。逃げ出したい。』という作品があるのですが、ユーチューバーとして活動する方の知見がベースにありながら、そこに脚本家、映画監督、スポンサーを入れたスポンサードコンテンツの視点などを複合的に合体させて作ったもので、蓋を開けてみると世界で6000万回ぐらい再生されました。明らかに今までに無いものができたという手応えがありました。
映画の『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』でも、ベースとなるチームはあるものの、プロットが固まった段階やストーリーの第二稿が固まった段階など、要所要所で色々なアイデアを入れまくっています。例えば「このシーンなら広告プランナーの知見が必要だから、そこに広告プランナーのアイデアをたくさん入れよう」といった具合に、何か困れば様々なクリエイターに見てもらい、彼らに「こうしたらもっと面白くなるのでは」とフィードバックしてもらい、ベースのチームが取捨選択しながら受け入れるものは受け入れる。その繰り返しで映画が完成しました。結果、見飽きない色々な展開や面白さを入れられたと思いますし、そもそも映画を作る人と広告を作る人が最初から並走して動いていたので、(宣伝の)展開の仕方も一緒に考えられたのは「越境」の効果です。
「型」を守る
――関わる人が多いと個性が薄まる危険性もあると思うのですが、その課題に対するこだわりはありますか。
栗林 そこはめちゃくちゃこだわっています。2つのこだわりがあるのですが、1つは、1人の強烈な編集者的な役割の人が取捨選択をする。広告だとクリエイティブディレクターという職種なのですが、その人物がしっかり立っていること。『MONDAYS』の場合は監督です。そしてもう1つが「型」を大事にするということです。『MONDAYS』も『KILLTUBE』もそうですが「三幕構成」という原理を、普通の人よりもしっかり守り、「こうしたら面白くなる」というような太古から伝わるルールのようなものを大事にして、そこにアイデアをどんどん注入していっています。やはりストーリーを作っていると、次第に主観のぶつかりあいになり、「ここはもっとこうした方が好きになれる」なんてことになってくるのですが、そういう時に原理に戻って迷わないためにも「型」を大事にしています。
それと、違う出自の人の意見を柔軟に受け入れることも大事にしています。広告業界も、映画業界も、音楽業界も、みんな言語が違いますし、ワークフローも違うし、何を大事にしているのかも違うのですが、違うことを前提とした中で、それを一旦全て受け入れて咀嚼する。そのマインドを大事にしています。
続きは、「文化通信ジャーナル2025年5月号」に掲載。
取材 平池由典