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Japanese Film Projectの講座・研修会から学ぶ映画業界の契約事情 2025~韓国、フランス、日本~

2025年03月12日
 調査団体「Japanese Film Project(JFP)」は1月・2月にかけて、映画業界の契約事情にまつわる講座・研修会を複数回にわたり実施した(文化庁主催事業)。本紙では、それらの模様を4回にわけて掲載してきた。その中身が映画業界の周辺で働く人たちや、これから映画業界で働くことを志す若い人にとっても、広く知られるべき内容であるとして、購読会員以外も無料で読むことができる本欄にすべてアップする。日本では、契約書を交わさない慣習が根強い映画業界だが、2024年11月からフリーランス新法が施行されるなど、是正に向けて動き出している。
(取材・文 島村卓弥)



 まず、韓国の例から。

 1月17日、オンライン講座「映画俳優・監督の契約事情~韓国映画界の事例紹介~」を実施。韓国の映画現場で使用される「標準契約書」を紹介し、日本の映画界がどのように変わっていくべきか、議論がなされた。スピーカーは、広澤草(俳優、韓国在住)、ヒョン・スルウ(監督・俳優)、武田裕光(俳優、韓国在住)、大塚大輔(JFP韓国調査員・翻訳等担当)、成川彩(韓国在住文化系ライター・司会)の各氏。

1月17日、オンライン講座「映画俳優・監督の契約事情~韓国映画界の事例紹介~」.jpg

■契約書の使用が公的助成の条件にも

 この日、韓国の映画現場で使用される「標準契約書」について大塚大輔氏が説明。

 標準契約書は、建設からプロスポーツにいたるまで、それぞれの分野で頻繁に交わされる契約のための「標準的」な契約書式。不公正な契約やトラブルの予防、事務の効率化を目的としている。案件や事業所ごとに逐一書式を作る必要がないほか、韓国の労基法などに反しない限り書式変更も可能。政府や行政が一方的に作るものではなく、労働者・使用者・政府(韓国における文化・芸術関連の管轄は文化体育観光部)の合意のもと作成。簡易的に入手が可能で管轄の省庁などのHPで公開・配布している。また、標準契約書の使用が公的助成を受ける条件になっているケースが多数あるという。

オンライン講座「映画俳優・監督の契約事情~韓国映画界の事例紹介~」.jpg
韓国における標準契約書について説明するJFP調査員・大塚大輔氏

 標準契約書の導入は1990年代に急成長した音楽業界から、音盤収益の分配、楽曲の著作権管理、アイドルの専属契約問題が表面化したことに遡る。映画界でも、1990年代後半以降、監督・スタッフの労働環境改善が求められていた。俳優界では、性接待・性暴力問題、所属事務所との専属契約をめぐるトラブルは深刻化していた。こうした流れを汲み、2014年に「大衆文化芸術産業発展法」が成立・施行。俳優や歌手は「大衆文化芸術人」という地位を約束され、保護の対象となり、マネジメント業や制作会社などの登録制が進んだ。

 現在、韓国の映画業界では、主に上映(配給会社‐監督と上映者(館))、所属(俳優‐事務所)、出演(俳優‐事務所と制作会社‐監督)、放送(俳優‐事務所と制作会社‐放送局)、監督(監督‐制作会社)といった場面で契約書が結ばれるという。ちなみに、「出演」では、インティマシーシーンの事前協議が明文化されており、俳優が苦痛を感じる場合、代役起用を要求できる権利についても明示されている。

 2025年には4月、「大衆文化芸術産業発展法」を一部改正することが決まっており、最低賃金の上昇、公的助成を優先的に受けられることの明文化などを予定。また、1月現在、韓国の映画発展基金の財源「チケット賦課金」(=チケット税/入場料金の3%)が廃止されているが、早くも復活する兆しが見えており、決まればこの点も盛り込まれる見通し。

■今は若い人でもひどい給料で、というのはなくなった

 ヒョン・スルウ監督は、「私は2011年頃ソウルに出てきて、映画の制作に携わるようになりました。当時の業界は、労働時間を気にしない状況でした。徹夜して、銭湯に行って、その翌日も撮影ということがまだまだ当たり前で、スタッフはかなり厳しい状況で働いていました。睡眠がとれず、事故が起きたりして、亡くなる事故も起きていました。徐々に改善され、『ヴィーナス・トーク~官能の法則~』で初めて標準契約書が使われたと聞いています。大きな映画で言うと、『国際市場で会いましょう』がそうです。(それらの作品が制作された)2014年頃から、労働環境が良くなってきました。そして、今は演出部の一番若い人であってもひどい給料で働かされるということはなくなってきました」と標準契約書が導入されてから現在にいたるまでの実感を述べた。

 武田裕光氏は、「僕が初めて韓国映画に出たのは、2007年ぐらいのことで18年が経ちました。その時に比べたらだいぶ変わったなという印象があります。実際に体験したことでは、台本がいつまで経っても出ない撮影現場がありました。当日まで出ないんです。撮影現場に向かいながら、“何しに行っているんだろう”と思ったことを覚えています。今は、時間の話で言うと、コールシート(香盤表)に必ず終了時間が書いてあります。終了時間を大きく超えることは、ほぼほぼありませんし、台本が当日まで出ないなんてことは絶対ありません。その辺も俳優としてはすごく働きやすくなりました。エキストラさんにとっても、1日の労働時間を超えたら、報酬が2日分払われるといったことが徹底されていると聞いています」と俳優目線から変化を語った。

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韓国の契約事情について説明するヒョン・スルウ監督

■日本でも当たり前になっていくべきこと

 同じく俳優の立場から広澤草氏は、「日本ではギャラを聞かずに仕事を請けることが割と当たり前です。内容や監督、共演者などで検討しながら“これならやりたい”といったことを決める際、“ギャラがいくらだけど、それでもやる?”という話にはあまりなりません。一方で、韓国では、フリーランスであれば契約書の段階で分かりますし、エージェントのマネージャーさんが付いてくださっていれば、その方が仕事を振ってくるときにも“何日間撮影でギャラがいくらです”ということは最初に必ず提示されます。日本でも当たり前になっていくべきことだと思います」と主張した。

 講座の中盤で大塚大輔氏は、「契約システムがオープンで統一的なルールがある業界と、お金に関して不透明でお互いに話しづらい業界、どちらが働きたくなる、発展が見込める業界でしょうか」と問いかけた。



 次にフランスの例。

 1月25日、オンライン講座「映画スタッフ・監督の契約事情 フランス映画界の事例紹介」を実施。フランス映画界の契約事情について知見が共有された。当日のスピーカーは、黒沢清(映画監督)、岡悠美子(在仏メイクアップアーティスト)、林瑞絵(在仏映画ジャーナリスト)、ISO(フリーライター、司会)の各氏。

1月25日、オンライン講座「映画スタッフ・監督の契約事情 フランス映画界の事例紹介」.jpg

■子どもの責任者の義務化や広域のハラスメント研修

 前段として、JFPがnoteで開示した「フランス映画界の契約・就労環境はどうか?」(https://note.com/jpfilm_project/n/n8292a662b904)を参照する。

 これは、林瑞絵氏による調査レポート記事で、フランス映画界の実態をまとめている。フランスには業界や職種ごとの「労働協約」があり、映画業界で働く人たちの権利は、「映画製作の全国労働協約」などによって守られている。これの中身では、監督を含む映画技術スタッフ、俳優の労働条件や権利、義務を文書化し、差別禁止事項、職業の定義、労働時間と休憩、賃金と手当、安全と衛生、健康や福祉、ハラスメント防止などを規定。

 撮影時間は週39時間を基準に設計。週最大48時間。基本は週休2日。翌日に撮影がある場合には最低11時間空けなければならず、6日間を超える連続就労は禁止されている。賃金は仕事ごとに最低賃金を設定し、夜間・休日は増額、日曜は2倍となる。食事は提供されるか、食費が支払われる。大抵の場合、即席テントが建てられ温かな食事が提供されるという。

白テントの即席食堂@フランスの撮影現場:JFP noteより.jpg
白テントの即席食堂@フランスの撮影現場:JFP noteより

 この日、林瑞絵氏は、「映画製作の全国労働協約」について詳しく説明した。1950年に誕生し、紆余曲折を経て現在は2012年版を修正しながら使用している。定番の議題は賃上げ交渉だが、近年はハラスメントやAIにまつわる議論が活発化。

 改定は現在も積極的に行われている模様で、2024年には、16歳未満の俳優を守るために「子どもの責任者」を撮影現場に入れることを義務化。今後、インティマシー・コーディネーターやカラリストも同様の扱いとなる見込みだという。

 ハラスメント問題に関しては、予防強化・対応促進の方向性で進められ、2021年から映画分野の雇用者は、助成金を得るためには予防研修を受講しなければならないようになった。この場合の雇用者は、プロデューサー、配給、国際セールス、映画館の興行者と多岐にわたるという。2025年1月にも新しい動きがあり、(助成金の有無とは別に)ハラスメント研修の対象者は、フランスで撮影される長編映画の撮影スタッフ全体に拡大した。

■世界で例のない「アンテルミタン制度」も

  「フランスには、しっかりとした労働協約がありますが、契約書が交わされていなかったり、買いたたきであったりの問題も現実には起こっています。とはいえ、労働協約は映画業界内でかなりのコンセンサスを形成していて、一定の影響力を持っていると言えます」(林瑞絵氏)。

 なおかつ、CNC(フランス国立映画センター)では、個々の作品の契約や訴訟記録を追えるデータベースを登録簿として管理しており、2024年から無料公開するなど、契約関係の透明性を確保している。

 また、フランスには芸術分野に特化した制度として、「アンテルミタン制度」があり、登録者(2023年時点で31万2千人)は収入がない日に失業保険として一定の収入補償を得られる。これを活用して、フランスのアーティストは仕事が入っていない間にも安心して次のプロジェクトへの求職活動や、仕事の構想・稽古に専念できるようになっている。2020年のデータでは1日56ユーロ(2月7日のレート換算で8800円)を補償。林瑞絵氏は、「芸術分野の不安定な働き方に理解のある世界で唯一と言ってもいい珍しい制度で、映画の撮影現場の仕事であればほとんどの方が登録可能です」と紹介。31万2千人が登録する一大勢力の発言力は強く、問題が露呈した有名な芸術祭を中止とさせるほどだという。

■黒沢清監督「日本に取り入れることはできない」「羨ましい」

 フランスで『蛇の道』『ダゲレオタイプの女』を撮った経験のある黒沢清監督は、林瑞絵氏のレポートについて「全然知らなかった…すみません、何も勉強しないまま撮影していました」とした上で、監督の立場から知り得たフランス映画界の状況を報告した。契約こそ、日本で交わす際と大差がなく、人間的な信頼関係のもと細かく目を通さずにサインしたことを振り返ったが、労働環境については、いくつか羨ましく感じた出来事があったという。その1つは食事休憩時間の過ごし方。20分ほどで急いで済ませて撮影現場に戻る撮影監督がいる一方で、その助手はデザートまでをゆっくりと食べ、出番が遠い俳優たちは2時間ほどワインと談笑を楽しんでいたという。

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フランスにおける撮影現場を振り返る黒沢清監督

  「(ルールがあるなかで)それ(たとえば1時間の休憩で1時間めいっぱい休憩するという意で)をしなければいけない訳ではなく、パスしてもいいし、休んでもいい。そして、そこに上も下もない。あれは羨ましかったですね。あの感じは、文化的に日本に取り入れることはできないと思いました。撮影監督が撮影現場に戻ったら助手も戻らざるを得ないのが日本の現状でしょうし、撮影監督もそれを見越して(助手に配慮して)ゆっくり食べるというのが日本。それはそれで日本のシステムですから、変えられないだろうなとそんな気がしています」(黒沢清監督)。

 また、セカンドの助監督が、仕事をはやめに完了させた上で、妻と演劇を見に行く約束をしているからという理由で早上がりし、周囲のスタッフも快く送り出していたエピソードも披露し、「あれも羨ましかった。日本が真似できることではないでしょうね」と黒沢清監督。

■入り時間を勝手に決められない

 2002年からフランス映画界でメイクの仕事を続けてきた岡悠美子氏は、フランスの撮影現場における時間管理の考え方における厳しさを語った。その説明によれば、フランスの撮影現場では、就労時間や、ランチの時間などをしっかりと守っており、残業が発生した際には必ずオーバーギャラが支払われる。

 また、スタッフは、撮影現場への入り時間を勝手に決められない。前日に演出部と話し合いの場を持ち、各部署の入り時間をフィックスし、プロダクションに掛け合い、ようやく決まるといった手順を踏む。

 岡悠美子氏は、ハラスメント対策についても言及し、香盤表に必ず相談窓口への案内が記載されており、実際にそこに訴えられたスタッフが即日クビとなり撮影現場を去っていった事案を振り返るとともに、「ここ数年の間でとても厳しくなっています」と長年の現地経験をもとに語る。

■参加するもしないも自由

 お互いのレポートを聞いた上で行われた議論では、黒沢監督と岡悠美子氏がフランス映画界で働く人たちの働き方の具体についても紹介。

 日仏の間では、助監督におけるチーフ、セカンド、サードの動き方に大きな違いがあるようで、セカンドは衣装、サードは美術・小道具などと担当が決まっている日本に対して、フランスでは担当制ではなく、チーフの能力・労働力がほとんどの仕事をなし、セカンド、サードが行う仕事は細やかな仕事だったと黒沢清監督。そのため、フランスの撮影現場はチーフ助監督とのコミュニケーションを密にはかることで動くことが語られた。

 また、日本では、助手や制作部のスタッフ不足が叫ばれているが、フランスでは足りないと感じたことはないと岡悠美子氏。岡悠美子氏は、フランスに来た日本の撮影隊と仕事をした際に、日本の助監督が助監督以外の仕事にタッチし、フランスのスタッフが「私の仕事なのに…」と驚いていたというハプニングを述懐。

 黒沢清監督は、「日本のスタッフは人の手伝いをし過ぎるのかもしれませんね。一方で、“外国の方は人の手伝いをしない”とよく言われますが、フランスには、手伝いをしたくない人もいるけれど、やはり自由で、したい人もいました。参加するもしないも自由で気持ちがいいものです。面白かったですね。これも文化的な違いなので、日本にそのまま取り入れることは難しい気がします」と付け加えた。

■理想主義と現実主義のバランス

 それぞれの総括は次の通り。

 「フランスには芸術家を守ろうという大義名分があり、それを目指す理想主義的な部分がありますが、労働環境のことを調べてみると、ハラスメントの研修を受けなければ助成を受けられないといった現実主義的な側面もありました。そのバランスの取り方がとても良い。そうした面も日本における参考になるのではないでしょうか」(林瑞絵氏)。

 「単純なミスが連続するだとか、理由の分からないNGが何度も出るとなると、とたんに俳優もスタッフも“早く終わらないか”“これは労働なんだから”という気分になります。それらのすべての影響の根源は監督にあります。監督がどう上手くやり、実現させるか。それによって、撮影の喜びは決まってきます。その次にあるものとして“労働なのだから、上手くやらないとね”という順番で僕は考えたいし、映画にとって健全なのだろうと思います」(黒沢清監督)。

 「今回のオンライン講座の話をいただき、出ようと思ったのは、日本の撮影隊に日本の状況を聞いたことがきっかけでした。彼らのなかには、完全休日という概念がない。撮休か予備日。寒いロケで出てくるお弁当のご飯がカチカチでお湯をかけて食べているという話などを聞き、驚きました。すぐにはフランスのようになることはできないでしょうけれど、きっと1つずつできることがあるだろうなと思っています」(岡悠美子氏)。



 ここからは、日本の例と対策のヒントについて紹介する。

 研修会「ゼロから始める契約書の読み方講座 映画スタッフ編」が、1月27日(オンライン開催)と2月3日(リアル開催:ポレポレ坐)に実施された。フリーランス新法の説明を長澤哲也弁護士(大江橋法律事務所)が行い、前者では赤塚佳仁氏(映画美術監督)、山下久義氏(助監督.com)、後者では近松光氏(日本映画テレビ照明協会)、高野徹氏(監督・助監督)が聞き手を務めた。いずれも司会は歌川達人氏(JFP代表理事)。

1月27日、研修会「ゼロから始める契約書の読み方講座 映画スタッフ編」.jpg

2月3日、研修会「ゼロから始める契約書の読み方講座 映画スタッフ編」.jpg

■フリーランス新法施行の背景

 長澤哲也弁護士の説明によれば、フリーランスが制作会社と契約を交わす際に重要な役割を果たす「フリーランス新法」のような法律は、先進国において日本ぐらいにしかなく、「(日本の)社会があまりにも成熟していない表れ」だという。原則、先進国の経済は自由競争で行われ、付加価値の高い業務やサービスを提供できれば報酬は高く、その逆も然り。「適正な報酬分配がなされるのが大前提」だが、日本の場合、大企業‐中小企業‐フリーランスの格差のなかで、適正な取引が長らくなされてこなかった背景があり、これを正すために施行に至った。

 施行後の現在、フリーランスには、発注者に対して自らの業務内容や報酬を提示することやあらかじめ確認しておくことが求められる。研修会は長澤哲也弁護士の説明を受けた参加者たちがJFP作成のガイドブックが配布され、「契約書ひな型」(スタッフ関連)に、実際に自らの仕事の中身を記入するという流れで進行した。

フリーランス新法について説明する長澤弁護士.jpg
フリーランス新法について説明する長澤弁護士

■日本映画は完璧な分業制で作っていない

 1月27日回で美術監督の赤塚佳仁氏は、「日本映画の作り方が完璧な分業制になっていないのが大きな問題」と指摘。海外ではスタッフの入り時間が各パートでそれぞれに決まっているが、日本ではスタッフ全員が朝に集まり、最後まで居るという光景に見られるように「ド根性魂が抜けきっておらず、また、たとえば、撮影現場の掃除は助監督の仕事か、美術の仕事か、制作部の仕事か、というのが決まっていない曖昧さがあります」と説明。

 ただし、赤塚佳仁氏は、日本の撮影現場の慣習をただ単に否定するわけではなく、「かっちりした契約書がまず成り立たちません。それよりも報酬がいくらか(を設定し直すことが現実的)。報酬が満足するだけあり、仕事をやり切れるか。あとは、極端な残業や極端な変な仕事がなければ、もっと簡単なディールメモでやっていける気もします」と論を展開。歌川達人氏も、それぞれの国の文化やならわしに即して制度設計を考えるべきだと大きく頷いた。

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日本の撮影現場について説明する赤塚佳仁氏

 2月3日回では、助監督の高野徹氏が、準備の時と撮影の時で業務内容の捉え方は異なるのではないか、というアプローチで語った。「準備の時は週休2日ほどあればいいけれど、撮影の時はそうも言ってはいられないから、週休1日でいいかなと思います。あと、準備の時と撮影の時の(助監督の)ギャラが同じでいいのかなとも」。歌川達人氏は、「契約書ひな型は、このまま使わなくても良く、カスタマイズして使っていただければ」と説明した。

 参加者からは、「催促しても発注書を出されない場合は、どうすればいいか」という質問が出て、長澤哲也弁護士は、「法律的な言い方で、黙示の承諾というのがあります。相手が返事をしなくても、Noとは言ってこず、その(フリーランス側のリクエストの)前提で仕事が始まっていれば、黙示的に合意したという評価を受ける場合がある。ポイントは、こちらからのリクエストを、記録に残る形で行うことです」と回答した。



 前項で紹介したスタッフ編の後には、研修会「俳優・配給&エージェント編」が2月中に複数回開催された。

 2月15日にSpace & Cafe ポレポレ坐で行った回には、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂、映画監督・映像作家の清原惟の各氏が登壇。法の観点は永井靖人弁護士(波千鳥法律事務所 代表弁護士)が担当し、司会は歌川達人氏(JFP代表理事)が務めた。

2月15日、研修会「ゼロから始める契約書の読み方講座 俳優・配給&エージェント編」.jpg

■契約書で見るべきは「義務」と「権利」

 まず、契約書を交わす重要性について永井靖人弁護士が、「契約書がなければ、齟齬が生じたまま業務が進みます。トラブル防止のためにも何かしらの証跡を残すべきです。契約の何を見るべきか。まずは中心部分で良いと思います。自分は何をしなければいけないのか(義務=出演、報酬支払など)、何をしてもらえるのか(権利=報酬額、相手の仕事など)。困った時には弁護士などの専門家に相談してほしい。文化庁でも法律相談の窓口があります」とガイダンス。

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契約の重要性について説明する永井靖人弁護士

 その後、研修会は参加者たちがJFP作成の「契約書ひな型」(この日使用したのは、俳優関連、配給・海外セールス関連、映画上映関連の3種)に、実際に自らの仕事の中身を記入するという流れで進行した。

 浅田智穂氏は、俳優関連の契約書のひな型の第20条【露出や性的な表現に関する事前協議】を指して、当該条項の中身では予めその内容について協議を行い、出演者の同意を得なければならないと書かれているが、実際には出演者の同意を得る作業はインティマシー・コーディネーターなどが行っており、その段になって出演契約がまだ交わされていないというケースが散見され、「(日本の制作現場に対して)順番通りに上手くいっていない印象を受けました」とレポート。他方、清原惟監督は、配給・海外セールス関連の契約書のひな型を見て、小規模作品を手掛けることの多い自身が、配給・海外セールスを個人に委託する際、第9条にある【実費・経費】の取り扱いについて、充分に検討した上で委託する必要があると実感を述べた。

■なるべく契約書は自分の側から出すこと

 質疑応答では、参加者の間から様々な意見・質問が出た。

 まず、【俳優関連】では、芸能事務所に所属している俳優は、自身の専属契約書以外は見たことがなく、個々の仕事で事務所が交わしているであろう契約の詳細を知らずに10数年活動してきたことを吐露。

 これについて歌川達人氏は、「重要な視点」とし、公正取引委員会が昨年12月に報告した「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査」を参照し、「本来、マネジメント契約を結んでいる方に対しても、取引内容について明示しなければいけませんが、今の話にあったように実際どのような内容であるか明示されていない方が多い(と公取委の実態調査が示している)。今後改善しない企業には指導が入っていくはずです」とした。

 また、フリーランスの俳優からは、舞台で活動することが多く、しばしば契約書を交わすものの、俳優よりも主宰側を守るための契約書(ケガをしたら俳優の自己責任であること/出演者が出られなくなった時には俳優の自己責任で他の俳優を用意することなど)が予め用意されていることが多いと吐露。

 永井靖人弁護士は、「あまりにひどければ、公序良俗に反するものとして無効になることはあります。一方で、そこまでに至らないものであれば、(契約を交わしてしまうと覆すことは)難しい。この業界に限らず、契約全般に思うのは、なるべく自分の側から契約書のひな型を提示できるのが良いということです。それがすべての土俵になります。そこまでを見越して契約書を作っているところは強い契約書を押し付けてきます。さきの一手を出す方がやはり強い。もうひとつ、そうした(さきの一手として押し付けてきた)契約書ははじき返せるケースもそれなりに多くあります。強い契約書を用意しているところは、それがいかに自らに不必要にも有利な内容であるかが分かっています。バッファ(有利になれるゆとり)として(条項を)設けてくることも多い。だからこそ、意外にも主張を出してみれば通ることが多々あります。向こうはこちらが挫けたらラッキーぐらいに思っているかもしれません。挫けないでほしい」とアドバイスの言葉をおくった。

■承諾するか否かは明確に

 【配給・海外セールス関連】では、参加者の女性(映画監督)から、本人が関与しないところで国内の委託先によって、海外に売り出すエージェントとの契約が勝手に進められたことを報告し、いかに契約解除を行うべきか悩みを吐露。また、彼女は、ある映画祭での受賞の付帯条件として、海外に売り出すエージェントとの契約が含まれていたこと、その事実の事後報告を国内の委託先から受けた際に彼女が「考えます、分かりました」と答えたとも振り返った。

 永井靖人弁護士は、「これは複雑で、当事者が監督、映画祭、映画祭にエントリーした方の3人がいます。伺うに、これは国内の委託先が映画祭にエントリーするクリックを勝手に行ったケース。そうすると、映画祭としてはクリックしたじゃないかという話になり、監督としてはクリックしていない、と。そこで齟齬が生じており、こうしたところで裁判は起こります。可能性としては、全く矛盾したことが双方から主張されることが起こり得えます。まさにそうした事態を避けるためにも、承諾するか否かの返答は明確にしなければなりません。ただ、伺うに、エントリーの際に全く相談がなかったのであれば、はじめから約束自体がなかったことや、後出しで言われても合意していないことを主張できます」とした。

■集団性を持ち、情報をシェアすること

 【映画上映関連】では、参加者の男性(映画監督)が、「“劇場公開しませんか”というオファーを貰ったことがあるが、契約書に目を通すと“著作権を渡す”みたいなことが書いてありました。これの(判断)基準が分からない。また、上映に関する歩合の何%というのも何が適正であるか分かりません。そうした場合にはどういうところに問い合わせればいいでしょうか」と質問した。

 永井靖人弁護士は、報酬の金額の目安は弁護士サイドでは分からないから似た境遇の人に情報収集するのが良いと促し、一方で、権利譲渡については不利な記載になっている可能性があるため、弁護士などの専門家に訪ねてほしいと回答。

 歌川達人氏は、「この事業をやっていて、金額の部分がなかなか不明瞭であるのが、難しく感じているところです。会社員などであれば最低賃金があるが、フリーランスにはそれがありません。そんな日本の現状を踏まえてどう戦うかは、集団性を持ち、情報をシェアすることだと思います。具体的には、助監督の見習いが制作会社と契約を結ぼうとしたら、知識がないため、相場が良いか悪いか分からない、その時とても良心的なチーフ助監督がすべて面倒見て、金額を決めてくれる、という話が研修会の別の回で提示されました。上映に関しても、ある映画監督は、毎回親しいプロデューサーに頼んで、足元を見られていないかをチェックしてもらっていると聞きました。そうしたことが今の日本の法制度のもとでは有効」と知見を共有した。


 
 映画業界の契約事情について、韓国・フランスの例の共有から始まり、日本の今後の在り方・ヒントを探るようにして行われたJapanese Film Projectによる一連の講座・研修会から浮き彫りとなったひとつは、その国独自の文化・業界に沿った制度設計の方法を見出す必要があること。こと契約事情について、日本の映画業界はまだその入り口に立っていて、事業者のみならずフリーランスという個人レベルに対しても、理解促進が求められている。ただし、そのための「集団性」「情報のシェア」の重要性については歌川達人氏が前項で説いた通りである。なお、研修会で使用されたガイドライン、契約書のひな型はJFPのHP(https://jfproject.org/)からダウンロードできる。




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