『飢えたライオン』緒方貴臣監督 “嫌な気持ちを持ってもらえれば嬉しい”
2018年09月14日
大阪2児放置死事件を基にした映画『子宮に沈める』で注目を浴びた
緒方貴臣監督(=写真)の最新作『飢えたライオン』(配給:キャットパワー)が、9月15日(土)よりテアトル新宿で公開される。
緒方監督が今作で描くのは、映像や情報の持つ“暴力性”だ。性的な動画がネット上に流出し、映っていた本人というデマを流された女子高生・瞳(松林うらら)が、追い詰められた末に自殺してしまう。しかし物語はそれで終わらず、瞳亡き後もマスコミの報道は加熱し、社会によって瞳の“虚像”が作られていく――。緒方監督に、今作を制作した意図を聞いた。
前作後の罪悪感が発端、映像の持つ暴力性に着目 緒方監督がこの作品を企画したのは、前作『子宮に沈める』公開後の思わぬ反響が発端だったことを明かす。「大阪2児放置死事件を基にはしましたが、あくまで作品はフィクションでした。ただ、実際にあった事件をそのまま映画にしたと多くの人を誤解させてしまい、世の中にとって“善”と思って作ったはずが、結果的に間違った情報を流してしまった、という罪悪感がありました」。
児童虐待のない社会を目指す「オレンジリボン運動」の推薦映画となり、全国各地で自主上映会も行われるなど、作品は総じて高い評価を得たものの、「中には吐いてしまうや倒れてしまう人もいました」と、観た人への影響力の強さを振り返る。また、「事件は実際に2人の子供が亡くなった凄惨なものでしたが、それを映画という商品にしたという…。商売で作ったわけでもなく、自信を持って提供したものの、やはりどこかで罪悪感が残っていたんです」と述べる。
そんな心境の中で日々テレビやネット報道に触れ、マスコミの情報の伝え方に違和感を覚えつつも、「自分もそこにいる」と自身の姿と重ね合わせるようになった監督は、このこと自体を映画にしようと『飢えたライオン』の企画を立ち上げる。特に、映像や情報が秘める“暴力性”に着目し、ストーリーを練り上げていくことになった。
(C)2017 The Hungry Lion
嫌な気持ちを持ってもらえれば嬉しい
作品のキーワードの1つは、「フェイクニュース」だ。「僕がこの作品を企画した当初は、まだ“フェイクニュース”というワードすらなく、“デマ”でしたが、事実じゃないことが事実になっていくことが、映像や情報の暴力性を表現する上で一番良いと思いました」。主人公の瞳は、身に覚えのない性的動画で陰口の標的となり、学校の友人や彼氏はおろか、身内にまで疑いをかけられ、ついには自ら命を絶つ。劇中では、SNSでの拡散、若年層の自殺、リベンジポルノといった現代社会の歪みも含ませながら、映像を通じてデマが拡散していく恐ろしさを描く。
しかし、監督は「この作品を観た人に、泣いてほしいわけじゃないんです」とくぎを刺す。むしろ「嫌な気持ち、罪悪感を持ってもらえれば嬉しい」という。そこには、マスコミに限らず、テレビなどを通して情報を得ている人も、無意識のうちに“虚像”作りに参加してしまっていることを気づかせたいという意図がある。映画は、ほとんどのシーンを固定カメラで撮影し、女子高生らのやりとりを一歩引いた視線で映し出す。「あえて感情移入させないように作っています。被害者の彼女ではなく、その周りにいる、社会を構成する人たちに自分を重ねて、自分の中にある“悪”の感情に気づいてほしい。ですから、なるべく距離感をとっています。『私もこういうことを言ったことがある』と思うシーンがあると思います。でも、それは認めたくないので、結果的に嫌な気持ちになると思うんです」。
映画のタイトルである『飢えたライオン』は、フランスの画家アンリ・ルソーの絵画の名称と同じ。ルソーの「飢えたライオン」は、ジャングルの中で、ライオンが襲いかかるカモシカを、周りにいる鳥やヒョウなどが見つめているという構図で描かれている。ルソーのファンだという監督は、「この絵のジャングルは匿名性を保つSNSの世界。その中で、自分たちは姿を隠して、事件の当事者を見つめている。この映画に似ていると思いました。当初は仮題にしていましたが、これ以上に適切なタイトルはないと思い、そのまま正式タイトルにしました」と説明する。
ある女子高生の日常から始まるストーリーだが、現在37歳の緒方監督は、この作品を「僕よりも上の年代の男性に観てもらいたいんです」と意外な願望を語る。「この世の中、特に日本では、女子高生が消費されているなと常々思っています。アダルトビデオでもそういうジャンルがありますし、アイドルグループも高校生の制服を模したコスチュームを着ています。ニュースだって、可愛い女子高生が犯罪に巻き込まれれば、バリューは上がってしまうんです。そして、女子高生を消費しているのは、特に僕ぐらいから上の世代の男性だと思うので、そういう人たちが見てどう思うのかを意識して作っています」。
緒方監督のポリシーは、社会問題を取り上げつつも、劇中でその答えを出さないことだ。「観客に解決策を提示するのではなく、問題を意識させ、参加させ、あなたならどうするか?と突きつける作品にしたいんです」という。「もっとキャッチーで、消化できる作品の方が映画の(話題の)広がりには良いかもしれませんね(笑)」と謙遜するが、『飢えたライオン』はすでに14の海外映画祭から上映オファーが殺到し、韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭では最優秀アジア映画賞を受賞した。昨年の東京国際映画祭では日本スプラッシュ部門に出品され、チケットは即日完売するなど、国内外でその手腕に熱視線が注がれている。
『飢えたライオン』
監督・脚本・プロデューサー:緒方貴臣
脚本:池田芙樹
出演:松林うらら、水石亜飛夢
配給・宣伝:キャットパワー
2018年9月15日よりテアトル新宿でレイトショー