ときめくヒロインのハングリーな一代記『花子とアン』は、“こぴっと”させる朝ドラを目指す!
9月下旬までの半年間、毎朝流されるオープニングのタイトルバックは、プリンス・エドワード島から始まる。『赤毛のアン』の作家、L・M・モンゴメリが少女時代を過ごし、小説の舞台でもあるカナダの島だ。絢香の主題歌「にじいろ」に乗って、アニメーションで描かれたアンの被っている帽子が、風で飛ばされ空を旅する。やがて風景は、葡萄畑や八ヶ岳のある山梨県へと変わり、着地した帽子を拾うのが花子だ。アンから花子へ――花子meetsアン。全156回をかけて語っていく物語を象徴させた、ポエティックな短編映像である。
『赤毛のアン』シリーズを、戦後の日本に紹介した翻訳家・村岡花子(1983~1968)。明治から昭和を生きた花子の熱き半生を、孫の村岡恵理が綴った『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』を原案として、中園ミホが脚本化。NHK朝ドラが、実在の人物をヒロインに据えるのは、ファッションデザイナー小篠綾子の生涯を描いた『カーネーション』以来となる。変わり者ながら、思い立ったらとことん貫く教育熱心な父に促され、ミッションスクールに入って華族のお嬢様に負けじと英語を学び、やがて花子は自ら童話も執筆し、海外の児童文学や家庭文学の翻訳に携わる。そして、道ならぬ恋に突き進む事態も訪れる。
破天荒なヒロインに白羽の矢が立ったのが、吉高由里子。製作統括の加賀田透プロデューサーは、「キャスティングのきっかけは映画『横道世之介』だった」と明かす。「観た人を幸せにする笑顔が決め手になった。気が強くて、後先考えず、損得勘定抜きに行動してしまう」。『横道世之介』では社長令嬢役であり、農家の娘役とは対照的にも思えるが、夢見がちで浮世離れした2.5次元的なキャラという意味において、確かにイメージは重なり合う。
戦時下でも「食」にこだわり続け、人々の営みを描いた『ごちそうさん』とは打って変わって、『花子とアン』冒頭の食卓は極めて貧しい。実家の日常は、ともすれば『おしん』的な暗鬱さに押し潰されそうだが、ヒロインは極めてポジティブ。ケルト調と和風が融け合う梶浦由記(『魔法少女まどか☆マギカ』『歴史秘話ヒストリア』)の音楽によって、明治時代の甲府の農村が、メルヘンの世界に見えてくる。中園ミホはこう語る。「充ち足りていないからこそ人は必死に夢を見る」「明日が見えないからこそ希望を持てる」。
逆境に打ち克つヒロインの一代記は朝ドラの王道。名作の呼び声高い『ちりとてちん』は落語と塗り箸という「伝統」、『あまちゃん』は80年代から現在へと至る「アイドル」をめぐる物語だった。では、『花子とアン』のシンボルは何か。それは、貧しさをはねのけるための空想であり、それに磨きをかける本への情熱であり、翼を拡げさせてくれる英語だ。集約する言葉、それはやはり「想像力」だろう。
昭和の初めになると、婦人運動家・市川房枝の勧めで婦人参政権運動に協力し始めた村岡花子は、家族制度や教育制度の改革などのオピニオンリーダーとしても活動していくようになる。『ハケンの品格』や『やまとなでしこ』で、怒りと情熱をもって格差に立ち向かう生き様を活写した中園ミホとしては、腕が鳴るに違いない。「いつもぶっ飛んだことをしてしまうけれど、村岡花子という人がぶっ飛んだ人なので、ノリノリで書いています」と笑う中園は、花子が戦時中から訳し始め、1952年(昭和27年)に刊行した『赤毛のアン』の一節、「曲がり角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの」を引用して、「先の見えない曲がり角に立つ日本に、夢と希望をもたらすドラマにしたい」と抱負を語る。
ちなみに、チーフディレクターの柳川強の近年の代表作を知れば、さらに期待は高まるかもしれない。『鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~』『最後の戦犯』『気骨の判決』『刑事の現場』『監査法人』『鉄の骨』『負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~』『セカンドバージン』『下流の宴』…骨太であり、今を反映させる問題意識をはらんだ社会派&人間ドラマの数々。『花子とアン』が、単なるメルヘン調に終始するとは到底思えない。
記者会見時の4ショット。左から、伊原剛志(父・安東吉平)、吉高由里子(安東はな/村岡花子)、
室井滋(母・安東ふじ)、脚本家・中園ミホ。※括弧内は役名
花子はアンの物語に自身の歩んできた人生を託していた、という解釈でドラマは展開する。自然の中で育ち、生みの親のもとを離れて大人の階段を駆け上がり、積極果敢に生きたアンと花子。本作には、何気ないシーンの端々に『赤毛のアン』のオマージュを散りばめているという。学校で起きるエピソードに、地名や登場人物の名前に、口癖に…随所にアンの世界が見え隠れする。
例えば、石橋蓮司が扮する祖父のセリフ「そうさなあ」。これは、アンの育ての親であるお爺さん、マシューのセリフから戴いている。しかし中園が脚本にしたためても、方言指導の先生は「甲州弁の“ほ”は、“そ”になるため、“ほうさなあ”になります」と訂正を入れてしまい、その度ごとに制作スタッフはオマージュを優先させて、「そうさなあ」を活かすべく死守した。
ナレーションにも逸話がある。本作の語りを担うのは、美輪明宏。まさに戦前から人の営みを見守る、人智を超えるような存在だ。美輪は毎回、「ごきげんよう。さようなら」と言って締める。この決めゼリフは、村岡花子本人へのオマージュである。戦前、彼女はNHKの前身であったJOAKに10年ほどレギュラー出演していた。ラジオ番組『コドモの時間』の1コーナーである「コドモの新聞」に出演し、ニュースを分かりやすく解説する“ラジオのおばさん”として親しまれたのだ。番組で花子は「ごきげんよう。さようなら」と挨拶し、当時の流行語にもなったという。
方言と流行語といえば、『あまちゃん』を思い出さざるを得ない。同作が社会現象化した要因として、SNSでの盛り上がりを抜きに語ることはできない。NHK放送文化研究所「放送研究と調査」(2014年3月号)によれば、『あまちゃん』放送期間とその前後(2013年3月25日~10月5日)の、まとめブログや記事コピペブログ、自動発信投稿などを除外した作品関連ツイートは612万5055件/同ブログは20万7263件。ちなみに比較推定値として、『半沢直樹』関連ツイート283万0100件/同ブログ25万1266件。『梅ちゃん先生』関連ツイート53万6470件/同ブログ10万1313件。『あまちゃん』というドラマはSNSと相性が抜群で、バズられやすいセリフや方言・名詞・造語・場面などの宝庫だった。
近年の朝ドラは、脇役へも注目度も高まり、彼らが如何に輝くかというファクターも重要になっている。『あまちゃん』に続くNHK東京制作の作品『花子とアン』においては、こうしたキーワードが意図的にバズられるよう、ドラマに忍ばせてくるのは当然のなりゆき。弟・賀来賢人、妹・黒木華、土屋太鳳、幼馴染み・窪田正孝、女学校の友・仲間由紀恵、高梨臨、夫・鈴木亮平は、どのようにヒロインに絡み、どんな演技を見せるのか。そして、驚きを表わす甲州弁「てっ!」、もっと驚いたバージョンの「ててっ!」は、果たしてタイムライン上を埋め尽くすのか!? SNS時代の朝15分の楽しみ方として興味は尽きない。
原案『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』(著:村岡恵理)、
小説『赤毛のアン』(著:モンゴメリ/訳:村岡花子)、
ブルーレイ『横道世之介』(監督:沖田修一)
まあ、つぶやかれるかどうかはともかく、制作陣が思い入れを込めて使用している特徴的な言葉が2つある。それは、『花子とアン』という作品の本質にも関わる言葉だ。ひとつは甲州弁の【こぴっと】。“ちゃんと”や“しっかり”に当たり、「こぴっとしろし」と言えば、「しっかりしてね」「くじけずにかんばってね」という意味になる。もうひとつは英語の【パルピテーション】、つまり“ときめき”だ。好奇心旺盛な花子が、未知の言葉や物語にときめき、それを日本人に広く伝えた歴史的事実こそが、本作の精神的支柱である。
第1回の冒頭、昭和20年の空襲シーンが登場する。花子は52歳。全26週のうち、24週目に当たる未来を、我々が垣間見るという趣向だ。花子は75歳まで生きたが、ドラマは最晩年まで描かず、「日本での『赤毛のアン』発行がエピローグに当たる予定」と、加賀田CPは語った。春から初秋にかけての半年間、毎朝「こぴっと」目を覚ますためにも、花子の旅にお供しようではないか。
本コラムは、業界紙記者とはひと味違う鋭い視点で、映画はもちろん、テレビその他をテーマに定期連載していくが、総合映画情報サイト「映画.com」(http://eiga.com/)とコラボレーションし、画期的な試みとして2つのメディアで交互に隔月連載していく。この試みがユーザー(読者)、そしてエンタメ業界、メディアに刺激を与え、業界活性化の一助になることを目指す。
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清水 節(編集者/映画評論家)
1962年東京都生まれ。日藝映画学科、テーマパーク運営会社、CM制作会社、業界誌等を経てフリーランスに。「PREMIERE」「STARLOG」など映画誌を経て「シネマトゥデイ」「映画.com」「FLIX」などで執筆、ノベライズ編著など。「J-WAVE 東京コンシェルジュ」「BS JAPAN シネマアディクト」他に出演。海外TVシリーズ『GALACTICA/ギャラクティカ』クリエイティブD。
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