ボジティブな状態で鑑賞――まず、シネアドの歴史を伺えますか。谷 カラーテレビが普及する前の50年代後半には、映画人口が(年間)10億人以上の時があり、その時からすでにシネアドはありました。ですから、少なくとも60年以上の歴史があることは確かです。当初はスライド広告だったそうですが、その後ムービーとなり、現在は上映素材もフィルムからデジタルに変わってきています。
――シネブリッジさんのほかにもシネアドの広告代理店はたくさんあるのでしょうか。
谷 10億人を動員していた当時は業者もたくさんあったようですが、現在数は限られています。当社は2003年に設立してシネアドに参入し、今年の3月で10周年を迎えました。
――シネアドによる宣伝はどれほど効果があるのですか。谷 現在、映画は年間で1億6千万人を動員しており、その人たちに向けてPRすることが可能です。上映前後にアンケート調査を実施することがありますが、やはり上映前よりも上映後の方が、お客さんの商品に対する意欲が上がる結果が出ています。そもそも、映画館で映画を観る時点で、お客さんは高揚感に満ちているわけで、マインド的にもポジティブな状態でCMを鑑賞することが期待できます。TVのCMは消費者の「認知」を獲得していくメディアだと思うのですが、お客さんが大画面に向かい、座席に座って観るシネアドは、その商品やサービスに「興味」や「好意」を持たせる、もっと心の深いところに入ることができるイメージです。
――TVCMとは違う、シネアドの特徴は何でしょうか。
谷 TVCMに比べると、シネアドの方が自由なんです。例えば尺。TVは15~30秒が一般的ですが、シネアドは60秒、120秒、180秒といった長尺のものが確実に増えています。30秒では伝えられないものを表現できるので、その世界観をより感じ取ることができるのが特徴ですね。特に海外のブランドPRものでは、ストーリー性のある長尺のものが多くあります。そういうものはシネアドにピッタリなのです。
――代表的なシネアドはありますか。谷 最近では、オリエンタルランドさんやレッドブルさん、NTTドコモさんが目立ちます。今大ヒット上映中の『風立ちぬ』ではジブリと関係が深い日清製粉さんにもご出稿頂いています。
――シネアドを見る際に注目すべき点はありますか。
谷 その映画館でしか放映しないシネアド、その作品でしか放映しないシネアドもあります。そこで流れているには意味がある場合が多いので、そこを考えながら見てもらえれば嬉しいですね。
デジタルでコスト減
――次に、シネアドの仕組みについて伺っていきます。広告を出稿する企業は、作品を指定できるのですか。
谷 もちろん可能です。作品でターゲットを絞りつつ、上映したいエリアや劇場、期間を指定して頂ければ、あとはこちらで予算と照らし合わせながらコーディネートできます。上映料金は劇場ごとに決まっていて、やはり都心でお客さんをたくさん動員できたり、広告価値の高いエリアの劇場ほど料金が高くなる傾向にあります。
――料金体系は色々あるのですか。
谷 大別すれば2つあります。1つは、期間内にそのシネコンの全スクリーンで上映するタイプ。もう1つは、作品を指定し、その作品の時だけ上映するタイプです。
――作品による料金の違いはないのですか。例えば、大ヒットの可能性が高いスタジオジブリの作品なら、広告主からの人気も高いと思うのですが。
谷 確かに人気作品に集中する傾向があります。これまでは基本的に、作品による料金の変化はありませんでしたが、最近は動員保証型の料金プランも試験的に導入を始めており、それはタイトルも重要になります。大ヒットが予測される話題作の場合は当然割高になります。
――先ほど、シネアドの上映素材がフィルムからデジタルに変わってきたとおっしゃいましたが、それによるコストの変化はありますか。谷 フィルムの時は、上映料金以外の費用がかなりかかっていました。いわゆるキネコ費ですが、マスターを作るのに50万円近くかかり、プリント1本で約1万円(30秒)かかりました。全国で100本用意するとしたら、単純に150万円近く必要だったわけです。デジタルに変われば、別の費用がかかるものの、フィルム時代の半分以下のコストで済みます。さらに、プリントだと上映する度に徐々に劣化して色味も変わってきてしまうのですが、デジタルならクオリティも保つことができます。出稿する企業にとっては良い条件でCMを流せる状況になっています。
――出稿企業だけでなく、映画の配給会社から見たシネアドのメリットはありますか。谷 あくまで広告主と興行会社の間で成立するものなので、配給会社に直接的なメリットはないと思います。ただ、シネアドも一つのメディアなので、例えば企業とタイアップしたCMをシネアドに流せば、それが映画の宣伝になると思います。たくさんの映画が公開を控える中、予告編を流せる回数は限られており、配給会社の希望通り予告編をかけてもらえない場合があります。そんな時にシネアドをうまく利用することはできると思います。また、映画館は興行収入を配給会社と按分し、家主にテナント料を支払い、維持費や人件費もたくさんかかります。一方、広告収入はほぼ原価がかからず、100%利益になるので、興行会社はシネアドを非常に大切にされます。配給会社としてもここでかけるメリットは大きいと思います。
参加型の競馬シネアドも
――シネアドの面白いエピソードはありますか。
谷 シネアドは、映画館というライブな現場で上映するので、空間の演出もできるのです。例えば「生コマーシャル」。これは海外の事例なのですが、カールスバーグというビールのシネアドで、モデルがそのビールを持って映像に映っているんです。そして、モデルが画面からフレームアウトすると、劇場の横の入り口にスポットライトが当たり、そのモデルが本当に登場し、ビールを配っていました。このように、映画館は映像と連動したプロモーションができる場なんですね。
――それはユニークですね。日本ではそういった例はあるのですか。
谷 これはネスレのシネアドでしたが、プラネタリウムクリエイターの大平貴之さんが作った「メガスター」というプラネタリウムの映写機を映画館に持ち込んで、60秒のCMと連動させて映画館をプラネタリウムにしたことがあるのです。来場した人はビックリして、すごく綺麗ということが話題になり、わざわざその企画を実施している映画館に足を運ぶお客さんもいました。そういう、発信力のある企画もあります。
また、これは一昨年の話ですが、JRAさんと共同で「ジャパンワールドカップ」という疑似競馬レース企画を実施しました。お客さんが入場する際に、競馬のパンフレットをお渡しするんです。そして、シネアドとして、CGで制作した疑似の競馬レースを上映します。実はパンフレットの裏には馬券が付いていて、そのレースの勝ち馬の馬券を持っていた人は、映画終了後に引換所でオリジナルDVDがもらえる、というキャンペーンでした。これがすこぶる好評で、劇場側が自主的にバナーを作って呼び込みを図ったり、積極的に協力してもらいました。今も「こういう企画をやってくれ」と言われるほどです。弊社としては、ただCMを流すだけじゃなく、こういったお客さんに楽しんでもらう企画もシネアド枠内でどんどん実現させたいと思っています。意外ですが、映画館で働いているスタッフの人が、映画館が「エンターテイメント空間」であることに気づいていない場合も多いのです。「楽しい演出をしたい」と考えている広告主もたくさんいらっしゃるので、映画館側も積極的にそれを取り入れてもらえれば、多種多様なシネアドが生まれると思っています。
――最後にシネブリッジさんについて伺えますか。谷 当社は「映画業界専門の広告会社」として、シネアド以外にも、映画に関わることすべてに積極的に取り組んでまいります。映画館をメディアとして企業に販売するシアタープロモーションは、映画館にお金を入れ、それがサービスの充実に繋がり、その結果、映画人口が増加すれば素敵なことだと思います。我々は、広告的な見地で映画業界を元気にしたい、貢献したいと考えています。また配給宣伝や劇場キャンペーンも手掛けており、例えば7月に埼玉県でオープンした日本初の市民ホール融合型シネコン「こうのすシネマ」のオープニングや、IMAXシアターのプロモーションもやらせてもらっています。まだ事例は少ないですが、デジタル・プレイスメントも引き続き実績を積み上げたいと考えています。 (了)
インタビュー/文・構成:平池 由典