新たな流れを見逃さず、先読みして早めに対応していく
東宝は、2012年1月~12月の年間興行成績が741億円を記録し、9年連続で500億円を突破、同社歴代第2位(歴代最高記録は2010年の748億円)となる驚異的な成績(700億円超えは3回目)を収めた。
年間34番組を公開し、作品別の成績では、10億円以上が26番組(前年より3番組)、20億円以上が15番組(4番組増)、30億円以上が9番組(2番組増)、40億円以上が4番組(2番組増)、50億円以上が3番組(3番組増)となった。
しかも、昨年の日本映画興収ベスト10で、1位『BRAVE HEARTS 海猿』(73億3千万円)、2位『テルマエ・ロマエ』(59億8千万円)、3位『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(59億7千万円円)はもちろん、4位の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(興収53億円~)以外、すべて同社が配給した作品がランクインした。
今年1月30日に映連から「2012年全国映画概況」が発表され、年間興収は1951億円と、東日本大震災や世界的な不況の影響も受けた11年の1812億円から回復。1951億円のうち約38%を東宝配給作品が稼いだことになる。
この強さの秘訣はいったいどこにあるのか? 2013年も盤石のラインナップを揃えた同社取締役 映像本部映画調整担当兼映画企画担当兼映画調整部長の市川南氏に昨年を振り返りつつ、今年のラインナップ、今後の取り組みなどについて聞いた―。
――まずは2012年を振り返っていただきたいと思います。
市川取締役(以下、市川) 年間興収741億円ということで、歴代で第2位の成績。1位の2010年の748億円に次ぐということで、極めていい年でした。一言でいいますと、 “フジテレビ・イヤー”というような年で、フジテレビさんの作品だけで3割強の興収を稼いでくださいましたから、この柱が大きくありましたね。
私どもとしてはアニメーションの柱も充実していました。『おおかみこどもの雨と雪』が42億2000万円までいきましたので、次の時代を担うアニメーション作家の細田守監督の新作を東宝で預かることができ、それを大ヒットに結びつけられたというのは、とにかく大きかったです。あとは『ドラえもん』が、声優さんが替わった新シリーズになっての最高興収なのでこれもありがたいですし、『名探偵コナン』、『ポケモン』、『NARUTO』、『クレヨンしんちゃん』も含めて非常にハイレベルで、シリーズもののアニメも堅調だったということが二つ目でしょうか。
三つ目はフジテレビさんを含めてテレビ局さんの映画作りです。秋のTBSさんの『のぼうの城』、あるいは『SPEC~天~』、日本テレビさんは『おおかみこどもの雨と雪』、『ALWAYS 三丁目の夕日'64』、『ホタルノヒカリ』、『怪物くん』や『妖怪人間ベム』も好調でした。連続ドラマ発のものが相変わらず好調だったのに加え、『のぼうの城』、『ALWAYS~』、『ツナグ』という連ドラ発以外のものも、きちんと稼いでくださいました。
それと最後は自社製作作品ですね。『あなたへ』が23億9000万円、『悪の教典』が23億4000万円、『僕等がいた』はアスミック・エースさんとの共同製作ですけれど、「前編」「後編」合わせると42億円、『宇宙兄弟』が15億7000万円という具合に良かったです。自社製作作品を合計すると、120~130億円です。興収で100億円を超えたのは3回目で、『世界の中心で、愛をさけぶ』があった2004年、『告白』『悪人』があった2010年以来ですから、自社製作というのも柱と呼べるかどうかわかりませんが、以前よりは堂々と語れるようになったかなという気がします。そんな作品が合わせて34本あったのですが、例年のごとくファミリーものから、若者向け、シニアまで向いているもの、いろいろなジャンル、広い世代に向けた作品を揃えてヒットさせられたということで、極めていい年だったと思います。
――9年連続で500億円を突破し、年間興収741億円という数字は、想定していた成績と比べていかがですか。
市川 そんなに数字のことは考えていないのですけれど(笑)、予想以上ではありました。
――前年の2011年というのは震災の影響もあり、少しへこんだということがあっただけに、しっかりと持ち直して、しかもまた記録につながるような数字が残せたというのは、非常に大きいことですよね。
市川 業界が目安にしている2000億円弱に戻せているというのは、お客さまあってこそですので、他の業界に比べたらありがたい話です。
――何がうまく訴求できたのか、どうやって観客動向にうまくフィットすることができたのか、その辺の分析というのはいかがですか。
市川 定番の安心感と、新しいものがうまく提示できたと言いましょうか、『テルマエ・ロマエ』などはあそこまで当たると思いませんでしたので、公開初日午前11時ぐらいの段階で、「このままでいくと20億円を見込める!」と発表しましたら、20億円どころか60億円いくわけです。それぐらいみんなの予想・期待を超える面白さ、新鮮味があるからあそこまでいったのだと思います。逆に『悪の教典』などは、あまりの過激な内容なので、テレビ局さんに出資もお願いしませんでしたし、さすがに東宝としてどうなのかという意見もありましたが、作品の出来と宣伝が相まって23億円台の大ヒットになりました。
――ああいう作品にも挑戦し、結果が出せたというのは今後につながりますね。
市川 タイプは違いますけれど、『あなたへ』なども、高倉健さんという存在自体が新鮮だったり、シニアのお客さまに向いた作品というのは、ありそうでないもの。『のぼうの城』もそうで、ある種チャレンジングな時代劇大作だったわけです。ですから、定番と新しいメニューがうまく提案できたということだと思います。
――『あなたへ』は非常に腰の強い興行でした。『のぼうの城』も公開が1年延期になりながら、これだけの興収を出せたのは立派です。
市川 映画の内容は直接は関係ないのですが、『のぼうの城』も震災の年に公開していたら、配給する方もちょっとびくびくしながら配給・興行したと思いますので、そういう意味では1年延ばして良かったと思います。アスミック・エースさんとの共同配給が『僕等がいた』と『のぼうの城』と両方あったのですが、東宝の営業に加えて、アスミックさん独特の知恵の宣伝と言いますか、丁寧な宣伝を加えていただき、それも去年の収穫の一つのように思います。
――アスミック・エースは昨年非常に好調な年となって、前年までの不振が嘘のようでした。ちょっと雰囲気が変わると、ガラッと会社の流れとかヒットの流れも変わってしまう、この辺が映画ビジネスの面白いところです。東宝も結果的に歴代2位の成績となりましたが、12年にこれだけの作品を揃えて出していくといっても、時代のタイミングとも合わないとなかなかヒットさせるのは難しい。そこをうまくフィットさせることができたということですが、どこまで先を見越しているのでしょうか。
市川 これは東宝がというよりは、昨年34本のうち大半は他社さんからの作品をお預かりしたわけですから、そういう意味では製作会社のみなさんがきっちりこの時代に合ったものを、東宝で配給するのに向いたものを用意してくださっているということに尽きると思います。東宝に向いているかどうかというのは、わかりやすい感動があるかどうかということです。
エンターテインメント作品というのは、たぶんそこは変わらないのではないでしょうか。時代、時代で、泣けるものがトレンドなのか、笑えるものがそうなのか、怖いというものが主流になることもあります。流行りすたりはあると思いますけれど、古今東西娯楽映画というのは、基本はいろいろな感動があるかどうかということなのだと思います。
――34本の中で、『悪の教典』を含めてチャレンジした作品というのはどれになりますか。自社製作作品ということになりますか。
市川 『テルマエ・ロマエ』もフジテレビさんにしてはチャレンジだと思います。配給という意味では60億円いくとは思いませんでしたが、私どもとしてはやるべき企画と判断しました。『あなたへ』もチャレンジはチャレンジでした。
――期待を下回ってしまった作品の分析に関してはいかがでしょう。
市川 興収10億円にとどかないだけで、7~8億円のものもありますから、わりとレベルは高いと思います。興収1億円、2億円という作品はなくなりましたから、以前よりは全体のレベルは上がっています。
25年ぶりに両巨匠が揃う、記念すべき年
――どうしても東宝配給作品ということになると、“ヒット”のハードルが他社に比べると高くなっていますので、それで判断されてしまうようなところもあると思います。13年のラインアップを発表されて、今年も隙のない、強力な作品が揃ったなという印象です。中でもスタジオジブリの作品が2本、しかも同時公開するというのは、面白い試みですね。
市川 高畑監督、宮崎監督お2人の作品が揃うのは25年ぶりだそうです。1988年の『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の時は2本立てでしたけれど、今度は別々に公開します。25年ぶりに両巨匠が揃う、記念すべき年ですね。
※新たに『劇場版 SPEC~結~(クローズ)』(監督:堤幸彦/出演:戸田恵梨香、加瀬亮)が今秋、
『ATARU』(出演:中居正広)が13年公開予定。
――これはジブリの鈴木(敏夫)プロデューサーからの提案だったのですか。
市川 そうです。これも定石で言えばばらばらに公開した方がいいものを、鈴木さんの戦略で、2本同時ということでいきたいということです。同時公開ということだけで既に記事になっていますから、そのメリットも大きいです。シネコン時代だからできることですけれど。
――テレビ局作品、アニメ作品、自社製作作品という柱の中で、前年までと違う傾向の作品というのはありますか。
市川 そんなにはないのではないかと思います。今年は30本になりそうなので、去年よりは4本少なくなりそうです。一言で言うと、売りやすい30本が揃ったかなと思っています。ジブリさんの2本を含めて、アニメが9本あります。昨年シリーズ最高興収を上げた『ドラえもん』が、すでに前売りも好調です。『ドラえもん』、『クレヨンしんちゃん』、『コナン』、『ポケモン』という定番があって、『NARUTO』は1年お休みですが、大ヒットスタートした『HUNTER×HUNTER』の第2弾も始動しています。
テレビ局さんの映画作りで言いますと、まず連ドラ発が5本あります。1月26日公開の『ストロベリーナイト』は前売りも非常に売れていました。あとは『真夏の方程式』、『謎解きはディナーのあとで』、TBSさんの『ATARU THE FIRST LOVE & THE LAST KILL』(仮)と『SPEC~結~』の5本です。連ドラなら必ず当たるという時代はもうとうに過ぎていますので、作り手のみなさんも映画に向いた作品、コアなお客さまがついている作品、映画にして広がりのある作品というのを厳選してくださいましたので、この5本は強いと思います。
テレビ局さんの連ドラ以外のものでも、フジテレビさんの三谷幸喜監督『清須会議』、日本テレビさんで『舞妓Haaaan!!!』シリーズの宮藤官九郎さん脚本、水田伸生監督『謝罪の王様』、あるいは『ガッチャマン』など、ある実績を持った企画が揃っていますね。
違う観点で言いますと、100万部クラスのベストセラー小説を原作とした作品が揃っています。東野圭吾さんが『プラチナデータ』と『真夏の方程式』、有川浩さんも『図書館戦争』と『県庁おもてなし課』――今このお2人が出版界を牽引していますからね。あとは『謎解きはディナーのあとで』(原作:東川篤哉)もそうですし、『永遠の0(ゼロ)』(原作:百田尚樹)も130万部売れているそうですから。『少年H』(原作:妹尾河童)も上下巻合わせて340万部を超えています。『陽だまりの彼女』(原作:越谷オサム)は、「女子が男子に読んでほしい恋愛小説NO.1」だそうですけれど、そういったベストセラー小説の映画化が揃いました。
それ以外の作品では、『奇跡のリンゴ』は実話を元にしています。10年かかって無農薬でリンゴを作った男、その男を愛した妻や家族の話で、とにかく泣けます。号泣必至ですから、そういう意味では「泣ける」というキーワードで売りやすいかと思います。あとはラブストーリーの『リアル~完全なる首長竜の日~』は、佐藤健さん、綾瀬はるかさんの豪華キャストです。『潔く柔く』も長澤まさみさん、岡田将生さん主演で、ラブストーリーという売りやすいジャンルですね。
東宝幹事作品は5本あり、『プラチナデータ』、『だいじょうぶ3組』、そして『県庁おもてなし課』は関西テレビさんと共同幹事、『陽だまりの彼女』はアスミック・エースさんと、『永遠の0』はアミューズさんと共同幹事です。自社製作の方もまずまず揃ったかなと思います。
(つづく)