「KINENOTE」は映画業界活性化の起爆剤になるか!
キネマ旬報社は1月20日より、映画鑑賞記録に特化した新メディア『KINENOTE』(http://www.kinenote.com/)をリリースした。これは、いつでも、どこからでも、自分自身が観た映画の記録を付けられる映画鑑賞記録サービス。
昨年の映画興収が大幅減となった映画業界だが、同社は「多くの人に映画を日常的に楽しむ喜びを感じてもらえるよう、生活と映画を結びつけるきっかけを演出し、映画館への送客や映画DVDのレンタル増につなげ、映画業界全体を新しいメディアで盛り上げていきたい」としている。昨年7月に代表取締役社長に就任した清水勝之氏に、『KINENOTE』の狙いやデジタルメディア事業の展開、さらに業界誌としての役割や映画業界の将来像などについて聞いた―。
―『KINENOTE』をリリースされた経緯、狙いを聞かせて下さい。
清水社長(以下、清水) 元々、新しい媒体を立ち上げなければというのがありました。それは紙でもWebでも当初は良かったのです。その理由は、当社の場合、「キネマ旬報」という出版事業と「ビデオ・インサイダー・ジャパン」などの業界誌を発行していまして、業界誌事業がここ3年程度で売上を半分くらいに落とし、非常に厳しい状況にあります。
これを弊社なりに分析したのですが、映画・映像業界のマーケットの縮小というの要因の他、レンタル業界の取引形態の変化という要因が大きいのではと思うようになりました。我々の業界誌は“仕入誌”なのですが、メーカー様にとりましては、レンタル店様との取引において、仕入時に売上が確定しない、極めて委託取引に近い形になってきております。メーカー様からすると仕入のために弊誌に出稿するよりは、セルスルーを高めるため、つまり商品回転率を高めるために予算を使いたいと思うのではないかと。要するに、私どもの業界誌の媒体価値が相対的に力を失ってきたというのが、売上が減少している要因の一つではないかと思っています。
一方、私どもは雑誌キネマ旬報を中心にC(一般消費者)向けの媒体を持っていますが、定期刊行物はキネマ旬報しかなく、どちらかというとコアな映画ファン層向けです。例えば、弊誌の読者も「踊る大捜査線」や「ハリー・ポッター」シリーズなどは観ないわけではないのでが、「ツリー・オブ・ライフ」「冷たい熱帯魚」などの方がどちらかといいますと読者層に合います。ですから、現在のキネマ旬報の部数を増やすというよりは、ターゲットの異なる媒体を立ち上げる必要性を強く感じていました。現在では、映画、舞台や演劇などに興味をもつ若い女性というセグメント化された定期媒体として「アクチュール」という雑誌を立ち上げているのですが、それ以外のセグメントにどうやってアプローチしようかということで、いろいろ考えていました。
自社の強みを生かした新ビジネスの構築
既存のキャッシュ・カウ(稼ぎ頭のビジネス)であった業界誌事業が売上を落とす中で、どういう新規事業を立ち上げるか過去数年の課題として明確にありました。弊社なりに様々な事業を試してみたのですが、やはり競争に勝つのは容易ではないなと感じたわけです。そこで、多くの社員に出席してもらって「SWOT分析」(自社の現状と経営環境を整理し、経営戦略立案を支援する手法の一つ)を実施したのです。その強みの中に「データベース」や「ブランド」というものがありました。確かに弊社では映画データベースを保有していたのですが、いまいち事業化できていなかった。ですので、それを中心に、なにかビジネスを構築出できないかと。
当時弊社のベータベースは、旧キネマ旬報社が保有していた映画データベースと、旧ギャガクロスマーケティング(同社は、業界誌事業を行う企業で、旧キネマ旬報社と旧ギャガクロスマーケティングが合併して、現在のキネマ旬報社となった)の保有していたパッケージデータベースのと二つが独立して存在していました。前者の映画データベースは、戦後上映された全ての映画を網羅したもので、詳しいあらすじや解説の掲載された作品単位のデータベースです。後者のパッケージデータベースは、JANコードベースのデータで、映画にとどまらずTVドラマもあったりするのですが、作品解説などの情報は非常に少ない。この二つのデータベースのリレーションが図れていなかったのです。
ある時、社員のひとりがキネマ旬報の定期購読者にノベリティとして無償提供していました映画鑑賞記録ノート「KINE-NOTE」のスマホ向けアプリ版をやったらどうかと提案してきました。弊誌の読者には映画通が多く、何を観たか、どこで観たか、または映画のレビューなどを残しておきたいというニーズがあり、弊社の社員でもエクセルで記録している人が何人かおりました。であるならば、デジタルの方が、データを集計できる分、すぐれているな、という話になったのです。元々は300円~400円で売り切りのアプリを考えていたのですが、データを蓄積したら面白い事が出来るのではないかということで、新メディア「KINENOTE」となりました。このサービスのためには、二つのデータベースを連携する必要があり、昨年末、それなりの資金を投じて、データベースを再構築したわけです。
―便利なサービスだと思いますが、個人が入力・蓄積したデータはマーケティングなどに活用されるということですか?
清水 そうです。無料ですから、いかにマネタイズ(収益化)するか、売上をあげていくかは、時間をかけてじっくり議論をしました。第一フェーズでは、「One to Oneマーケティング」のツールとして、広告媒体としてご活用いただけないかと考えております。例えば、トム・クルーズの出演作品を10本以上観た人が何人いるかはデータで把握できます。彼の出演新作映画が出れば、過去に彼の作品を10本以上観ている人は、おそらく新作も観たいだろうと。その人たちに比較的容易にリーチできる媒体となるはずです。
その次のフェーズとしては、ここで獲得した鑑賞データを提供していくことを考えています。ユーザーからするとちょっと作品登録が面倒くさいと言われるのですが、登録時に鑑賞方法なども必須項目にさせて頂いています。映画館で観たか、DVDで観たかなど。こうしたデータを新作や過去の作品のマーケティングにお役立ていただければと考えております。
―PCから始まって、第2フェーズでiPhone向けアプリ、第3フェーズでタブレット向けアプリなどへの展開を想定されていますが、第3フェーズまででどれくらいの会員を見こまれているのでしょう。
清水 アプリも基本的には無料で考えていますが、機能を追加した有料版もご提供させていただくかもしれません。会員目標は設定していないのです。設定してしまうと、その数を追い始めてしまいますから。既存のユーザーの皆様にそっぽ向かれるようなサイトにはしたくないと思っています。できるだけ会員数を追わず、いかに他のサイトと差別化していくかを考えていければと思っています。
弊社がいまやるべきは、セグメントされたターゲット・メディアをしっかり立ち上げることではないかと思うんです。多くの会員を得るサイトではなく、会員数は相対的に少なくとも、しっかりとその属性を掴んでいる媒体の方が、キネマ旬報をもっている出版社にはあっているのでないかと思っています。キネマ旬報の定期購読者は、平均で年間平均50本以上の映画を映画館で鑑賞しています。実はこれこそ価値があるのだと思っています。今の読者の皆様にもっと登録して頂く、きちんと頻繁に必ず観た後に登録して頂くことを、促進するようなサービスをすることが重要だと考えておりまして、仮に10万人増えてもほとんど使っていないという風にならないようにしたいのです。
ソーシャル・ネットワーキング・サービスとの連携
―数は追わないまでも会員を増やすための施策はあるのですか。
清水 他人に楽しんで見て頂くことが今登録している人にとってメリットがあるというか、インセンティブになるんじゃないかと思っています。つまり他の人に見てもらいたくてブログにレビューを書いたりするんだと思うんです。だから、より多くの方々に見て頂くことが重要だと思うので、我々がすぐにやりたいとおもっているのはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)との連携です。今日現在の同サービスは、サイト内で完結しておりので、将来的には、facebook, twitterやmixiなどに連携することを考えています。そういう連携を増やしていくことで、ユーザーのの登録したものが見られて評価されていく、というようなことを実現していきたいと思っています。そうすると会員数も増えていくのではないでしょうか。
SNSの登場で、比較的容易に情報を伝達することができるようになったのではないかと思います。メーカーあるいはサービス提供者である弊社は、より商品やサービスを良くしていく。つまり悪いサービスだとすぐにツイートされ、口コミで広まってしまう世の中になってしまったので、自社で「すごく良いですよ」って、お金を投じて告知をしたところで、商品やサービスが悪ければ、ムダになってしまう。やはり原点に戻って、今こそサービスや商品にお金を使う時ではないかと思います。
ただ、一方で「KINENOTE」の利用状況をみてみますと、レビューなどを見てもらいたいというニーズとは別に、個人的なものとして残すのに使いたいという、「レビュー非表示」の人が結構いるんです。登録数も600人(取材時)で合計1万件くらいの作品登録をしているのですが、そのうちの半分くらいは非表示にしています。自分だけが見えるようにと。本当に手帳感覚で使っている人がそれだけいるということですよね。人に見られたくないという。ここは機能が分けられるようになっています。 つづく