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クリエイターズ★インタビュー:映画「蜂蜜」字幕翻訳者

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クリエイターズ★インタビュー:映画「蜂蜜」字幕翻訳者

2011年06月01日

アルシネテラン配給「蜂蜜」、7月2日(土)公開
  字幕翻訳を現役大学生・矢内達也氏が手掛ける―

蜂蜜■メイン.jpg


 アルシネテラン配給「蜂蜜」が、7月2日(土)より銀座テアトルシネマ他で全国順次公開される。第60回ベルリン国際映画祭金熊賞をはじめ各国の映画祭で賞賛を受けたセミフ・カプランオール監督のトルコ映画であることはもちろんだが、実は本作の字幕翻訳を大阪大学外国語学部・外国語学科4年でトルコ語を専攻する現役大学生、矢内達也氏(21歳)が手掛けたことでも注目を集めている。プロでも難しいと言われる字幕翻訳を手掛けた経緯、作品の魅力などを聞いた―。(インタビュー:和田隆)



 ―どのような経緯で「蜂蜜」の字幕翻訳を手掛けることになったのですか。

P1170057.jpg矢内
 大学では2年間トルコ語漬けの毎日で、3年生の春には長文も読めるようになり、トルコ映画でも見てみようと思って調べたところ、ちょうどベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞しながらも、昨年5月時点で日本での公開が決まっていなかった本作を知りました。このままでいいのか、何かアプローチ出来ないかと思ったのがきっかけです。
 そこで大学創立80周年記念事業の課外研究として大学に申請し許諾され、担当の先生を捕まえて、たまたまトルコ語とドイツ語が出来る先生だったので、トルコの製作会社とドイツの配給会社に連絡を取ってもらい、学部研究の延長、かつ無償上映を条件に、DVD、脚本の貸与を受けて字幕翻訳を開始しました。ちょうどその頃にアルシネテランさんに国内配給権を売ったということでした。


 ―昨年10月にアルシネテランから正式に字幕翻訳を依頼されたということですが、翻訳作業はどれくらいかかったのでしょう。

矢内
 7月くらいから取りかかってはいたのですが、最初はただ単に訳しているという状態で、アルシネテランさんに助言を頂き、やりとりしながら映画字幕の文字数の制限だったり、字幕製作所の方と連動してもう一回やり直していたら、完成したのは12月でした。僕が勘違いしていたのは、台詞が少ない作品なので簡単だと思っていたことです。ところが台詞が少ないだけに、どう言葉をつなげていくかという違う制限があることに気付き、逆に難しかったですね。
 昨年12月にカプランオール監督に会いにトルコへ行き、いろいろ作品世界について難解な話を聞いてから、さらに辞書を使うことをやめて、観たまま、映像で自分が感じたことから翻訳するようにしていったらアルシネテランさんにも納得してもらえるようになりました。


 ―監督からはどのような話を聞いたのですか。

矢内
 監督は「僕の映画製作は“禅”だ」と言われたんです。京都にある龍安寺にある枯山水だと。映画自体は一編の詩で、日本の松尾芭蕉だと言うんですよ。五七五であれだけの世界を作れるんだから、自分は100分でもっと大きい世界を作りたいが、なかなか芭蕉には勝てない、といった話をされました。


 ―宗教的な表現もあるので苦労されたとか。

蜂蜜■サブ①軽.jpg矢内
 コーラン(イスラム教の聖典)の言葉だったり、(イスラム教の預言者)ムハンマドの言行録が引用されていて、まずそれを見つけるのが大変でした。図書館に籠って探して、見つけた時は快感でした。それからイソップ物語(古代ギリシャの説話集)や、19世紀のフランスの詩人、アルチュール・ランボーの詩が引用されています。
 イソップ物語は、トルコでは教科書に載っているほどトルコ人には馴染みのあるものだそうです。監督からは、すべてのバランスが取れた時に「蜂蜜」の映画になると言われたので、その辺はもう一回翻訳の仕方を切り替えてやらないといけないと帰国してから思いました。今のところ50回くらいこの映画を見ています。

家族の絆、自然、信仰心

 ―この作品には日本とも共通点があるということですか。

矢内
 最初に僕がこの映画を見て感じたのは、この映画をは本当にトルコで撮っているのかということでした。それまでのトルコへのイメージは土色というか、モスクの土のイメージだったので、この作品の“緑”というのがトルコのイメージにありませんでした。実際にトルコの撮影地に行ってきたのですが、日本でいう北海道の端っこみたいな山奥で、なんでこんなところをわざわざ見つけ出して撮影したのかと思ったほどです。聞くと、トルコも手つかずの自然がなくなってきていて、撮影地ではダムで水力発電をしようとしている真っ最中だそうで、自然が破壊されているということでした。それは日本にも当てはまるのではないでしょうか。古き良きものがなくなって、家族の絆、自然とか、日本は薄いですが、宗教との信仰心だったり、そういうものがなくなってきていると。監督はそういう状況に対して、私たちは「迷っているのではないか?」と仰っていました。だから、戦争だったり、血が流れたりすると。

蜂蜜■サブ②.jpg 5月のゴールデンウィークに大阪で上映会をさせて頂いたのですが、そこで特にご年配の方が上映後に、「なんか難しかったけど、懐かしい感じがした」と言っていました。映画の中のような暮らしとのギャップが、自然がなくなってきていることを表しているのかなと感じました。実際、僕も撮影地に行ってみて、日本に似ているなと思いました。姫路の山奥にある祖母の家を思い出しました。この映画に出てくる森とか見たことがあるような気がしましたね。
 若い人は、やはり難しいという人が多かったですね。でも、トルコに行ってみたくなったという方が非常に多かったですね。何か良く分からないけど心に残って、トルコを知らなかった人がトルコへ行ってみたいと思ったというのは、監督の勝利なのではないでしょうか。


 ―字幕翻訳家の道を進まれるのでしょうか。

矢内
 この映画に出会う前は作家になりたいと、漠然と映像を作ってみたいなと思っていたのですが、運良くこの作品の字幕翻訳を担当出来て、映画に圧倒されたというか、僕は今の段階では監督にはなれないなと思いました。でも、最終的にクレジットに名前を載せてもらって、鳥肌が立つほど嬉しかったです。自分で一から作ることは出来ないかもしれませんけど、部分的には関係できる仕事が将来出来たらいいなと強く思うようになりました。
 「蜂蜜」は、詩人となったユスフ少年の成長を逆さに追って行った3部作(第1部『卵』)の完結編で、第2部「ミルク」の字幕翻訳も新たに手掛けさせてもらいました。自分の中の心の傷、弱い部分を乗り越えて、弱さを個性に変えて一歩一歩前に進んで成長していったユスフの姿を3部作を通して見て頂き、明日も頑張ろうと思ってくれる人が、一人でもいたら僕は大満足で、それ以上はないかなと思っています。(了)

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矢内氏がセミフ・カプランオール監督からもらったサインは宝物だ。


※アルシネテランの宣伝チーフ萩原拓氏のコメント

萩原 よくやってくれたと思います。僕らがトルコ語を訳せるわけではないし、あがってきたものに対して、ちょこちょこうるさいこと言っていたので。やはり難しい映画というのは、この監督が言わんとしていることを、全部くみ取れるかはお客さんによると思います。ただ、凄く少ない言葉の中からも、普通の映画と違ってその言葉から入ってくる重みが凄く伝わってくる字幕だと思っており、うちの会社としても感謝し、満足しています。公開された時に、一人でも多くのお客さんに興味を持って頂きたいと思います。
 こういう時だからこそ、「人間の原点みたいなものを見つめ直す、いい機会になるのではないか」と言ってくれる人が多いですね。アート色が強いと思われがちですが、この映画が言いたいことは、家族の絆や少年の成長だったり、非常にシンプル。そういうところを感じて欲しいです。


「蜂蜜」公式サイトhttp://www.alcine-terran.com/honey/

 ユスフ3部作の第3部にあたる『蜂蜜』の公開に合わせ、第1部『卵』、第2部『ミルク』も銀座テアトルシネマにて、7月30日(土)より連続上映が決定。
7/30(土)~8/5(金)16:45(ミルク)/19:00(卵)
8/6(土)~8/12(金)16:45(卵)/19:00(ミルク)
8/13(土)以降の上映スケジュールは劇場に問い合わせ。
※「蜂蜜」鑑賞者は半券提示で『卵』『ミルク』を各1000円(税込)で鑑賞できる。

◆クレジット:(C) 2010 Kaplan Film Production & Heimatfilm GmbH + Co KG



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