“脚本家のアイデンティティはどこにあるのか!?”
原告になれない制作会社の複雑な立場浮き彫りに
協同組合日本シナリオ作家協会/一般社団法人シナリオ作家協会主催「『やわらかい生活』裁判を考える会」が7月20日(金)、東京のオーディトリアム渋谷で行われ、多くの映像業界関係者が参加した。
この裁判の概要は次の通り。シナリオ作家協会は、1952年から毎年、その前年を代表する優れた邦画のシナリオを収録する「年鑑代表シナリオ集」を編纂、出版してきた。07年、「06年鑑代表シナリオ集」収録作品の1篇として映画『やわらかい生活』(06年/廣木隆一監督)脚本を選出したが、原作者・絲山秋子氏(『イッツ・オンリー・トーク』文藝春秋刊)の拒否により、同作の収録を見合わせ、「07年」「08年」でも収録作品として選出し、再三の交渉を続けたが、収録は拒否された。
同協会では検討を重ねた上で、平成21年7月14日、本作脚本家・荒井晴彦氏と共同原告となり、出版妨害禁止、損害賠償請求等を求め、東京地方裁判所に提訴。
全6回の口頭弁論が開かれたが、22年9月10日、請求は棄却され、判決を不服として、同年9月24日、知的財産高等裁判所に控訴。しかし、23年3月23日、判決の言渡しがあり、原告の請求は棄却された。さらに判決を不服として、同年4月6日、最高裁判所に上告するも、今年2月16日付で上告不受理決定の通知が届き、原告側の敗訴が確定した。
そこで同協会では、今回の裁判の結果を真摯に受け止めつつ、映像製作における、脚本家と原作者の関係性やあり方について、もう一度、深く考える機会を持つこととして、第1部で本作(出演:寺島しのぶ、豊川悦司)「上映会」、第2部で裁判報告、そして第3部で脚本家、プロデューサーをはじめとした映像業界関係者などが参加したシンポジウム「脚本と原作と著作権の不思議な関係」を行った。裁判報告では、協同組合日本シナリオ作家協会の西岡琢也理事長(写真左)が司会を務め、第一審原告代理人の柳原敏夫弁護士、控訴審原告代理人の的場徹弁護士、一般社団法人シナリオ作家協会の柏原寛司会長、そして荒井氏が登壇した。
○表現の自由はどうなってしまうのか!?
柏原会長(写真右)は、「昔は原作者も大人で、映画は別モノと割り切ってくれる方が多かった。昨今は原作者が脚本に口を挟み、出版社も原作者の肩を持つようになっている。何が問題かというと、本作は完成、公開、DVD発売もされ、映画として評価されている作品であり、どの局面においても口出しせず、原作料、著作権使用料収入などの映画化に伴う対価を得ていた原作者が、脚本の雑誌掲載に限り拒絶したことだ。我々、脚本家のアイデンティティはどこにあるのか。著作権法という難しいところで争いたくなかったが、再三交渉しても門前払いされた。嫌ならはじめから許可しなければいい」と、強い憤りを語った。
荒井氏(写真左)は、「どこかの独裁者みたいで、表現の自由はどうなってしまうのか。小説と映画は別モノなのに、今は原作者の方が“上流”にある。おかしいと思うのは、DVDの発売までは何も言わなかったのに、脚本の雑誌掲載だけはしてはいけないと。同じく”字”を書いている人が、この脚本を残したくないというのは理不尽だ」と、静かに思いを述べた。
柳原弁護士(写真右下)曰く、原告側は「表現の自由」を主張、被告側は「著作権」を盾にした。これはコミュニケーションの失敗によるもので、難しい裁判になると読んでいたが、「6回の申し入れにも関わらず、拒否する具体的理由を明らかにしない原作者のダブルスタンダードの態度はおかしい」と説明。その後、裁判の中で被告側は「本映画は被告の注文を入れて直したが、本脚本はそうせず、問題が解決しなかったから」と初めて理由を明かすも、完成した映画とその脚本はいずれも被告の注文を入れて直して作られている。さらに、原作者は完成した映画も脚本も見ていない可能性が高く、裁判が進むにつれ、拒否理由は二転三転し、原作者の思い込みと、ひとり合点に振り回されたとした。
ここで観覧者から「契約当事者(原作使用契約)のプロデューサーは何をしていたのか?」という質問が飛ぶと、「プロデューサー(森重晃氏)も再三交渉したが拒否された。原告になるよう促したが、様々な事情から原告にはなれなかった…」と説明はトーンダウンし、原作者=出版社との板挟みにあって原告になれない制作会社(ステューディスリー)の複雑な立場が浮き彫りになった。
続いて、控訴審原告代理人の的場弁護士(写真左下)が登壇。控訴審では少し角度を変えて、原作者の権利(著作権法)の濫用による「シナリオ集」の出版妨害禁止を主張した。しかし、控訴審判決は、被告が許諾を与えないのは正当な権利行使の範囲内で、権利濫用には当たらず、著作権28条に基づく原著作物の著作者の諾否の自由が奪われるものではないとして、請求を棄却した。
これに対して的場弁護士は、「裁判所の判断は、①利益衡量の本質を有する権利濫用の判断において、原作者の主観的不満を量りに乗せており、②シナリオについて別モノの著作物と見ていない、③シナリオと映画の関係を理解していない」と分析。今回の敗訴は、著作権法の判例として残るもので、非常に残念とした。今後、どこまで原作者の権利が“二次利用”についてまで手を伸ばせるのかが問われることになる。
なお、第3部シンポジウムには、坂上順(スタジオ88代表・プロデューサー)、佐藤敦(日本テレビ放送網制作局副参与・プロデューサー)、中村義洋(脚本家・映画監督)、石飛徳樹(朝日新聞社記者・映画評論家)、山田庸一(控訴審原告代理人弁護士/九段綜合法律事務所)の5氏と、柏原会長、荒井氏が登壇。西岡理事長が引き続き司会を務めた。つづく