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東映・岡田裕介会長に社長交代の狙い等聞く

【FREE】東映・岡田裕介会長に社長交代の狙い等聞く

2014年05月30日
 東映は4月1日付で岡田裕介代表取締役グループ会長、多田憲之代表取締役社長の新体制をスタートさせた。岡田氏に、社長交代の狙いなどについて聞いた。


──多田さんを後継者にされた理由は。

岡田 後継者というよりは、自分が相談し、自分と同じ方向を歩んでくれるであろうということと、私が映画営業部門担当だった時に映画宣伝部長をやってもらいましたし、社長になってからは秘書もしばらくやってくれてましたしね。札幌で3社共同経営のシネコン(札幌シネマフロンティア)をやる時の話など、相当動いてくれていました。そして宣伝部をお願いしてから一緒に改革してきたということがありました。同い年ですから下馬評と言いますか、後任社長を誰にするのだろうという時には、ノーマークだったかもしれません。最初は3月7日の日本アカデミー賞授賞式の会場です。協会の会長の立場で、彼には実行委員長をずっとやってもらいましたが、授賞式が終わって「お疲れさん」という時に、「もう来年の実行委員長はクビ」「はあ、クビですか。一生懸命やったし…」「いや、駄目。もうやる必要ない。あんたクビ」「わかりました…」「その代わりな──」「えーっ!?」という話で後継をお願いしたのです(笑)。

──お二人の担当の分け方としては、どうなるのですか。

岡田 内外という言い方をすれば、私が外をやって彼が内をやるというのが、ざっくりした分け方にはなろうかと思います。グループ会社もそれぞれ──三映印刷などは私よりよく知っているわけですが、その他も徐々に知ってくれたら、一つずつ彼にお願いしようと思っています。そういう内部的な話は任せるようにして、対外的な問題はまだ自分がやらないとと思ってはいるのです。やはり私一人でグループ全体の業績を見て、全部指示してやっていきながら、新規事業をやるというのは無理だということが自分の中にはあるのですね。自分も勉強しませんと。新規事業というのは相当勉強しないとできないですし。その新規事業が何かというのは、今ここで言えないですけれど、自分の中には絵図はあって、それに何年かかるかなと思っているのです。

──具体的にはどのような事業になるのですか。

岡田 やはり既存の映像ビジネスをふくらませていったりする事業改革もありますし、自分はまだティ・ジョイの社長は続けさせてもらいますけれども…

──今度6月27日の総会以降もですか。

岡田 以降もですね。映画の今後、業界事情を含めて、自分が舵を取っていかなければいけないかな、それは使命かなと思っています。さらに(太秦)映画村なども映像のテーマパークですけれど、どういう形で動員を増やして業績を伸ばすかということは、自分の命題でもありますし、撮影所についてよく知っていないとなかなかできないだろうと思います。

──映画村のリニューアルというのは、基本的にはもう完成したのですか。

岡田 いえ、まだまだこれから第4次、第5次、第6次というのは自分の構想の中にあります。今社員には大号令をかけているのですが、もともと最盛期には230万、240万人を動員していた時があるようですけれど、それは当初のことで、今はとにかく年間動員100万人に戻す──今は85万人ぐらいですが、それをどうやって2割アップしていくかということです。スペースの有効活用の問題もありますし、映画村がどんどん浸食していくような形で、撮影所を狭めていくというのも、どこまで問題があるのか、新たな土地を買わなくてはいけないのか──いろいろなことがあります。そこは基本的な改革をしなくてはいけないかもしれません。そういうところは、まだ私が陣頭指揮を取ってやらせてもらうということです。

──社内の人事は多田社長に任せるということですね。

岡田 それは間違いないです。総務部長もやってもらって客観的に、一番よく見ていたのではないでしょうか。私が社長室にいて見えなかった社内の情勢を彼が一番わかっていると思いますから、彼のやる人事に関しては尊重したいと思っています。

──グループ会長という肩書きは、それぞれの子会社の取締役会の議長をされるのですか。

岡田 議長はしません。全部をまとめていくという立場においては──例えば、ホールディングス制の企業を見ていますと、それぞれのグループ会社が一部署のようになってしまい、社長でありながら部長のような感じで、「どうせ利益を上げても、本社に吸い取られ意思決定をされてしまう」というような印象があります。ですから私はホールディングス制をしく事は考えていません。それぞれの社長に任せて、その代わりそこは株主として「これはどうなってるんだ?」ということを言えるグループにしたいのです。それがなかなか難しいですから、束ねていくのを私がやらせてもらうということです。

※「月刊文化通信ジャーナル」6月号に詳細を掲載。
※記事は取材時の情報に基づいて執筆したもので、現在では異なる場合があります。