◎「ブラック・スワン」と「不良性感度」
先週亡くなられた岡田茂東映名誉会長は、映画に欠かせない要素として「不良性感度」という言葉をよく使った。これは、不良の映画を作れというのではない。映画の危ない側面、通り一遍の道徳感では推し測れない人間の負の側面を描くことが、映画のヒットに結びつくとの岡田氏の哲学のようなものである。私もこの「不良性感度」が好きで、これまでよく使わせてもらったものだ。
「ブラック・スワン」の大ヒットで、私はこの言葉の重みを改めて知ることになる。5月11日(水)から公開されたこの作品は、11日から15日までの5日間で、全国動員40万6746人・興収4億9565万9600円を記録した。14、15日の土日では、20万9614人・2億6800万4900円だった。最終で20億円突破の可能性が高い。
「ブラック・スワン」における「不良性感度」とは、女性の内面に眠る二面性から発せられた。この二面性が実に凶暴な暴力性を帯び、主人公を空恐ろしい“現実”へ突き落とすのだ。観客には、10代から20代の若い女性が多かった。主人公への関心を一つの手掛かりに、自身でもよく知りえない内面の「不良性」に惹かれて、映画館に赴いたとも言えようか。
今回、久々に若い女性たちが洋画に足を向けた印象を私はもつ。観客の衝撃度は、ジャンルは全く違うが、昨年大ヒットした「告白」の興行を思い起こさせる。どちらもとにかく、観客を画面にくぎ付けにしてしまうのだ。
実はこの作品は、当初はTOHOシネマズシャンテをメインにした単館系的な公開規模であった。それが、アカデミー賞の主演女優賞受賞を機に、TOHOシネマズ日劇をメインにした劇場編成になった経緯をもつ。いわば、配給側と興行側は受賞効果への期待感を一つのきっかけに、大英断に出たのである。しかも、全国の劇場は316スクリーンと、ふつうならありえないブッキング数が用意された。
「こういう作品を見ると、邦画が到達しえない米映画の底の深さを感じざるをえない」と言うのは、あるシネコンの営業関係者である。私も、そう思う。興行の面白さ、ダイナミズムとは、まさにこうした作品が生み出していくのだろう。私もまた、久々に溜飲を下げた。
(大高宏雄)