――マーケット志向ということは、今後はシネコン系映画を取り上げていくということですか。清水 決してそういう意味ではありません。私たちの媒体と連携して、そういう作品(様々なジャンルの映画)を増やしていきませんかという提案を行うことで、マーケットの多様性作りに貢献できればと思っています。シネコンの登場は市場拡大に貢献しましたが、多様性は失われつつあります。ロードショーが終わっても、作品を観たい人は山ほどいます。その中で私たちがキュレーターになりたい。実は、去年からイオンシネマさんと組んで、一部のイオンシネマで「キネ旬映画祭」を行っています。ロードショーが終わった作品を当社が調達し、告知をして、イオンシネマで上映しています。
――興行成績はどうでしたか。清水 昨年10月の第1回は昔の名作を集めて9週間上映したのですが、厳しい結果でした。しかし、今年の年明けに行った第2回は、6週間で動員は前回比140%以上でした。この時は「食」をテーマに『クロワッサンで朝食を』や『大統領の料理人』などを上映しました。ある程度結果が出たので、イオンシネマさんとは継続して開催していきましょうと話をしています。雑誌に限らず、キネマ旬報社という会社全体として、マーケットの多様性に貢献していこうと思っています。
――青木さんは編集長のオファーがあった時、いかがでしたか。青木 いや~やりたくないなと(笑)。
――編集長として、どう進めていきますか。青木 これまでの読者もいますし、その中にもネットを活用している人もいれば、紙だけで済ませている人もいるでしょう。97年間も続いていると、ドラスティックに新しく変えるのは難しいので、ソフトランディングというか、1年経ったらだいぶ変わっていたな、というイメージだと思っています。これまでの読者を裏切らないで、かつ新しい人たちに対応するのが仕事だなと思っています。
もともとキネ旬は創刊の頃から業界誌であり、雑誌であり、批評誌でした。3つの面にそれぞれお客さんがいて、それらをバランスよくやっていた雑誌で、ある時期によっては業界誌の側面が強かったり、現在は批評誌の側面が強いということだと思います。
私がこの会社に入った時、当時の編集長は黒井和男さんでした。黒井さんは興行通信出身の人なので、映画ビジネス的な考えがあり、「なんでキネ旬でドラえもんの特集をやらないんだ!」と怒られたことがあります。お子さん向きの作品ですが、これだけ毎年大ヒットしているのに、それをキネ旬として特集しないのはおかしいと。言われてみればその通りで、原作者の藤子・F・不二雄さんに取材させてもらったり、特集しました。そういう記事は最近は少なかったのですが、その姿勢も必要だと思います。業界の人も、世の中の社会人も、映画ファンも興味があることでしょうし。今の批評誌的な側面は残しながら、これまでキネ旬は敷居が高くて手が伸びなかった人たちにも興味を持ってもらえるよう、色々試行錯誤していきます。やってみてダメだったら青木がダメだったということです(笑)。
――前回編集長をされていた時代と、今では映画ファンにどのような変化を感じますか。
青木 今は年間1200本くらい公開されています。昔は全ての新作を観ていた人がいたと思いますが、今1200本を全部観ている人は誰もいないでしょう。そうすると、本数を見たというのはあまり意味がなく、見る方はその中から何を選んでいくのか、情報を求めているでしょうし、全ての情報を載せてほしいということでもないでしょう。そこのキュレーションが必要とされている。昔は何でも観て、自分で「得した」「損した」と思っているだけでしたが、今はみんな「損したくない」という気持ちが大きく、保証が必要というところがありますよね。口コミなどで評判になったものはみんな観に行きますが、どんなにテレビ局で大きな宣伝をしても、当たらないものは当たらないという、観客が選ぶ時代になったと思います。
ライト層に向け「キネ旬オンライン」――次に、新たに立ち上げる「キネ旬オンライン」とはどんな内容になりますか。清水 雑誌のキネ旬とは読者ターゲットを変えようと思っています。キネ旬までは読まないけど、少しライトな映画好きをデジタルでカバーしていきたいなと。作品、俳優、映画人にフィーチャーしたものになると思います。割と深い記事であることは間違いないと思います。キネ旬オンラインの読者が、時には雑誌のキネ旬を買ってくれるようになればいいですね。
――毎日更新していくのですか。清水 その予定です。最初はベータ版なので、あまり過度な期待はしないでほしいですが(笑)。映画を劇場で年間10本観てる人は、レジャー白書によると200万人いるそうなのです。そのあたりのライト層をターゲットにして、一部がキネ旬を購読してくれるようになってくれればと思います。
――有料ですか。清水 無料です。キネ旬をいきなり読むと、私でもわからないこと多いんですよ。昔の作品を知っているのが当たり前のように引用されています。「この作品のオマージュです」と言われても、「その作品を知らないよ」と思うのですよ。それだと、一見さんにはつらいですよね。
――キネ旬オンラインの編集も青木さんが担当されるのですか。清水 いえ、まだ決定していませんが、違う人間の予定です。
――とにかく若い客層を育てていくと。清水 当社では小学生向けの映画感想文コンクールもやっていますから。あらゆる層の映画ファンに対して、啓蒙活動をやっていくのが大事だと思います。少なくとも、私が関わってきたこの7年間は、そこを怠ってきたんですね。補足情報があることで、映画はもっと面白くなるということを理解してもらう必要があります。
過去の記事をデジタル化――もうひとつ新しく立ち上げるという「キネ旬アーカイブス」とは何でしょう。清水 将来的に、96年分のキネ旬の記事をデジタライズして、記事ごとに提供します。当面は過去10年ぐらいになると思うのですが、これを近々スタートさせようと進めています。記事ごとに読める、あるいは特定の俳優の記事をまとめて読めるなど、検索性を重視しようと思います。お客さんには検索して読んで頂くことを提案したいです。
――1本いくらで販売するのですか。清水 数十円か、数百円か、記事の内容にもよるでしょうし、まだ決めていません。それより、月額制のようなサブスクリプションモデルが現実的かなと思っています。
――昔の記事は、サイトで掲載するにあたり著者に許諾を得る必要がありますよね。清水 今まさに10年分の許諾をとるために、著者の皆さんに郵送で通知したところです。今の連載でも100%はとりきれていないのですが(苦笑)。あと、過去7年分はデジタル入稿データがあるのですが、それ以前はなく、許諾をとりながら徐々に増やしていこうと思います。
――入稿データがないとなると、全部手で打ち込むのですか。清水 スキャニングします。OCR(光学式文字読取)はお金がかかりますし、一気に96年分はできないので、順に進めていきます。
――御社は、2011年に映画鑑賞記録サービス「kinenote」を立ち上げましたが、「キネ旬オンライン」や「キネ旬アーカイブス」と何か連動しますか。清水 今、3万2000人がKINENOTEに鑑賞記録をつけてくれています。キネ旬オンラインは将来的にやることを想定していたので、先にマーケットを作っておきたかった。今、KINENOTEに3万人を超える映画好きが集まっているので、その人たちにアピールしていくことは考えています。
――「kinenote」の業績はいかがですか。清水 最近やっと黒字になりました。
――どういう収益モデルなのですか。広告ですか。清水 広告もですが、データベースの販売が大きいです。データベースの販売と「KINENOTE」の媒体は一緒の事業部になっていて、VOD会社などにデータベースを販売しています。あとはマーケティングデータ。どの層の人が映画館でこの映画を観て、レンタル店でこの作品を借りた、というデータがあります。これはまだ情報が少ないのですが、将来的には映画館や配給会社に買ってもらうとか、そういう展開も考えています。当社が運営している「キネマ旬報シアター」では、実際にそれを活用して編成に役立てています。(了)
(
前のページに戻る)
取材・文/構成 : 平池 由典