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「アジア映画の森 新世紀の映画地図」監修、石坂健治氏

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「アジア映画の森 新世紀の映画地図」監修、石坂健治氏

2012年06月19日

日本も国家レベルで文化戦略を立てないといけない

 ――日本映画が他のアジア映画と同じ土俵で、海外マーケットで通用するかどうか。

石坂
 グローバル商品になっていないというか、映画を「商品」と言うことの良し悪しは別にして、いま世界の潮流はどんどんそういう方向に動いています。私は日本映画大学で教えていて、世界各地の映画学校の作品を観る機会が増えているのですが、技術的には高度に作り込まれたものが目立ちます。映画学校の先生たちの大半は作り手なわけですが、話を聞くと、とにかくグローバルな市場に出して通用するものをひとつの基準にしていると言います。ポーランドの学校や中東の学校なども、それぞれの制作メソッドは異なるのですが、最終的には世界中のどこの国の人が観てもわかるような方向を意識して、学生を指導している。

 もちろん、たまたま非常にローカルなものがグローバルなものになるということはあります。昔の日本映画がそうですよね。海外に打って出ようなんて意識はなかったけれど、国内向けに作っているものが実はすごく面白くて、黒澤(明)でも小津(安二郎)でも外国の人が面白がってくれました。それはたぶんTVドラマでいうと「おしん」なんかもそうだったわけで、あれも外に出そうなんて意識はなく、外が勝手に騒ぎ出したわけですよね。他方、海外マーケットを意識して作るというやり方は日本の映画界にはなく、やはり国内マーケットが大事だというところでやっていました。それはそれで上手く機能していた時代はよかったんですけど、これからは日本もしっかり国家のレベルで文化戦略を立てないと、どんどん取り残されていくのではないかと思います。


 ――一方で、日本の映画ジャーナリズムの役割も重要になってきます。

P1200173.JPG石坂
 映画祭をやっていて、市山さんとも話をするんですけど、公開が決まっているもののプレミア上映だと記事にしてもらえるんですが、映画祭上映だけでその後の配給が決まっていないと、まず新聞のレベルでは露出しないわけです。ですから、そういう作品も全部この本で拾っています。公開を前提としたメディアでの紹介という壁を、もう少し突破できないかなと。少なくとも映画祭をやっている人間として出来るのは、こういうことぐらいなんですよね。この本には、馴染みのない人名も沢山出ていますので、読者からの反応がまた我々に跳ね返ってきて、紹介した作品を上映するような場を、これから作り出していかなければならないと思います。

 映画の本の場合は、「読む」ということはまだ半分だと思うんです。観たいけど上映していないということになったら、読者が映画を「観る」場を我々がどう作るか。これだけ関心が高まっている中で、次にそうするところまで考えるのがあとの半分だと思います。読者を読者のままで安住させるのではなくて、読者をもう一回「観客」の立場にどうやったらもっていけるかが、我々の務めではないでしょうか。本に出ている作家の作品を上映して、それについて書いている書き手がそこでトークをするようなイベントが出来ないかと、いま動き始めています。「読んで観る」ということが循環できるようにしたいですね。

 昔でしたら、アメリカやヨーロッパの映画に詳しい人が紹介したものを読んで、観られないけれど憧れるという時代があったと思うんです。でも、いまはネットも含めるとそういう憧れみたいなものはなくて、YouTubeでもなんでも使えば原理的には古今東西の映像が観られてしまう。そういう時代におけるこの本の役割として、読んだだけで観た気分になるのではダメだと思うんですよ。私も学生時代に、蓮實重彦先生や四方田さんの本を読むと、観たことのない映画のタイトルが山ほど本の中に並んでいて、まず観られないなという前提で読んでいました。そうすると頭でっかちになるけれど、まだ観ぬ映画に対する好奇心が募り、情熱も高まっていった。今は逆に頭でっかちにはならず、題名を見てアクセスすれば、何らかの情報が簡単に入ってきます。でも、それは非常に一過性のものなので、きちっと位置づける作業が必要だと思います。この本で個々の作家論の解説などを読めばそのことがわかっていただけると思います。


 ――アジア映画の“森”は深いですね。

石坂
 「森」というのは、いくつかの意味がその言葉に集約されているんです。一つは「カオス」というか、あらゆる世界観、あらゆる文化の違いの中から映画がいっぱい出てきて、それがアジアという器の中に詰まっているという意味があります。それから現実に、アピチャッポン監督の映画もそうですが、アジアには森が舞台になっている映画が多い。そもそもホラーなどでは森がよく使われるんですけど、光の届かない闇の深さというか、「森」はアジア映画の一つの特徴です。


ヨーロッパ的な人智の光が届かな場所

 ――アジアの作家たちは無意識に撮っているのでしょうか。

石坂
 東南アジアなどは特にそうですが、実際に森は身近なところにあり、カメラを向ければ簡単に映るわけですけど、ヨーロッパ的な人智の光が届かない薄暗い中で、白黒はっきり付けずに全てが進んでいくようなところを仮に「アジア的」と呼ぶならば、メタファーとしては「森」というキーワードが最も相応しいように思います。2009年の東京フィルメックスで上映されたタイのペンエーグ・ラッタナルアーン監督の「ニンフ」(09年)なんかも森の中で人が行方不明になる話ですが、それも決して解決しない。アピチャッポンの映画に出てくる「森」もそうですよね、なんら解決する話ではない。そういう部分もアジア映画の特徴として打ち出していきたいという意味もありました。

 余談ですが、個人的には、私の前の本が「ドキュメンタリーの海へ 記録映画作家・土本典昭との対話」(現代書館刊)というタイトルなので、ドキュメンタリーは「海」、アジア映画は「森」、というのはなかなかいいんじゃない、と勝手に気に入っています(笑)。今回の本は共著ですが、アジア映画と言ったら「森」だね、という皆の共通した認識で、題名はすんなり決まりました。


 ――私もアピチャッポン監督の「ブンミおじさんの森」には衝撃を受けた一人です。生者と死者が共に食卓を共にするシーンには、何かを飛び越えてしまうような表現、アジア映画は、まだまだ映画の可能性を秘めていると感じました。

石坂
 「森」という言葉を使わなければ、アジア映画の「謎」、かな。ここに全部解答があるわけではなくて、これは大きな「謎」でみんなで考えましょう、これだけの作品が実はあるんですよと。森の中にはいろんな虫や草とかあるわけじゃないですか。それはこの本で相当程度、披露しているわけですが、ツイッターなどは反応が早いから、「他にもこんな作品がある」、「こんなテーマもあるんじゃないか」と書き込まれているようです。それはこちらとしても望むところで、どんどんみんなでアジア映画の新たな切り口を見出していくような形になっていくといいですね。


アジア映画は大きな「謎」

 ――まわりまわって現在の日本映画への提言にもなるのではないですか。

石坂
 スタート時は、日本映画界に喝を入れるという意識はなかったんですけど、隠しテーマとしてはありかもしれませんね(笑)。この本を現在の日本映画への“爆弾”だと思って頂いて、関係者の皆さん、この圧倒的なアジア映画の勢いを受け止めてみてください、ということでしょうか。


 ――ここ数年、香港や韓国を取材していると、このまま日本の国内マーケットで安住していていいのかと、日本人として危機感を覚えることがあります。国内で成立する映画と共に、もっと海外に通じる、まずはアジアへ届く映画が製作されてもいいのではないでしょうか。

石坂
 先ほどの、韓国のホ・ジノが監督した中国映画も、傑作とは思いませんが、少なくとも中韓両国でこういうものを作ろうと発想するプロデューサーはいるわけです。それに国家が支援しているというのは日本とは違います。壮大な失敗作だろうがなんだろうが、オールスターを集めて作ってしまうというのは海外市場では強いわけです。日本でも過去には、台湾のエドワード・ヤン監督の「ヤンヤン 夏の想い出」(00年)などは日本が出資するなど、単発では思いつくものはありますが、その後、流れにはなっていませんね。


 ――日本の若い監督を積極的に起用して、アジアに出ていくようなプロジェクトを立ち上げてもいいかもしれません。この本がいい起爆剤になるような気がします。(了)



プロフィール
石坂健治(いしざか・けんじ)

P1200161.JPG
1960年東京都生まれ。
早稲田大学大学院で映画学を専攻。
1990年~2007年、国際交流基金専門員としてアジア中東映画祭シリーズを企画運営。
07年より東京国際映画祭「アジアの風」部門プログラミング・ディレクター。
11年開学の日本映画大学教授を兼任。
共著書に「ドキュメンタリーの海へ 記録映画作家・土本典昭との対話」(現代書館)、「ひきずる映画」(フィルムアート社)など。





「アジア映画の森 新世紀の映画地図」

石坂健治、市山尚三、野崎歓、松岡環、門間貴志監修
夏目深雪、佐野亨編集

【執筆者一覧】
麻田豊/アン・ニ/石坂健治/市山尚三/稲見公仁子/井上徹/宇田川幸洋/浦川留/大場正明/岡本敦史/金子遊/金原由佳/葛生賢/斉藤綾子/佐野亨/白田麻子/杉原賢彦/鈴木並木/諏訪敦彦/夏目深雪/野崎歓/野中恵子/萩野亮/梁木靖弘/クリス・フジワラ/古内一絵/古川徹/松岡環/松下由美/門間貴志/四方田犬彦

本体2,800円(税込2,940円) 2012年5月31日発売

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