トップインタビュー:キネマ旬報社、清水勝之社長
2012年02月06日
―昨年7月に社長に就任されて、今後のデジタルメディア事業展開についてどのように考えていますか。
清水 僕等の強みをSWOT分析した時に、「データベース」「ブランド」の他に「レコメンド力」というのがあったのです。業界誌事業部では、「ビデオ・インサイダー・ジャパン」「DVDナビゲーター」という雑誌で、店舗の棚作りの提案をレンタル及びセル店にしています。お店でも収益が厳しくなって人員を削っているので、企画をする暇がない。ならば我々の方で、例えば「マネーボール」に合わせて昔の野球映画を観ませんかと。POPのデザインを何かお役に立てればと。弊社が作成したPOPなどは、自由にダウンロードしてご活用頂いております。それが我々なりのリコメンド、この新作にはこういう見せ方をしたらどうですかと提案なのです。
出版社の域を出ないといけない
キネマ旬報も同様の意味でリコメンドだと思っています。買ってくれた人に、これだけの新作が数多く出るなかで、作品をこういう風に観たらいいのではないかとご提案をさせて頂いています。映画・映像作品をレンタル店で観る人もいれば、映画館で観る人もいて、将来的にはVOD(ビデオ・オン・デマンド)で観る人たちが出てくると。リコメンド力をきわめていこうとするならば、いまデジタルにも対応するというのは必然ではないかと思うのです。単にキンドルが出てくるから出版社として電子書籍を発売するというのではなくて、リコメンド力をデジタルの分野においても発揮、強化していくという意味です。デジタルへの舵きりは、ある意味必然であって、どこかで出版社の域を出て行かないといけないと思っています。
―いかにそういった展開を柔軟にできるかですよね。
清水 「KINENOTE」は1年かかっていますから、事業転換を図るというのは大変難しいです。会社は既存事業が厳しくなって、はじめて新しい事業を探してしまうものです。実はそのときには、資金も潤沢にないということが多いですから、やはり大変になってします。常に変化していないといけないんでしょうね。
「KINENOTE」ももっと資金が潤沢にあれば、開発のスピードアップもできるのに、と思うこともあるのですが、一方で、ユーザーのニーズであったり、弊社の商品やサービスが本当に必要とされているのかというのは、じっくりお客様の声を聞いてみないとわからない。その辺は本当に悩ましいです。
「やめる」という判断をいかにできるか
―内部だけでは見えず、外から見えるものがあると思います。
清水 社内に入って思うことは、社内に十分リソースがあるということ。社内にも意識の高い人は多くいるんですけども、そこを私がどう動かしていけるかというところですね。どこの会社もそうだと思うのですが、「やめる」という判断をいかにできるかだと思うんです。新しいことをすると、現場では仕事が増えてしまうんですよね。優先順位をきちんと決めないと、みんな残業してすべてに対応するようになってしまって、疲弊していく。今やっている仕事のこの部分は切り捨てようという判断が、なかなか出来ないことが多いです。慣れた仕事はなかなか手放せない。自分自身が「変化」への抵抗勢力になってしまうことがあるんです。弊社のような小さい会社では、やはり何かをやめないと新しい事はできないので。
―業界が元気にならないと、我々の存在価値も問われてきます。
清水 私はそれぞれが本来の役割をしっかり果たすことが重要だと思います。当たり前ですが。まずメディアとしてしっかりいいものを伝えていく。と同時に、興行、配給の方にも自分の役割を果たしていただく。、あるべき姿に立ち返るべきではないかと思います。「午前十時の映画祭」を見てなるほどなと思ったんです。旧作を喜んで見る人たちがいたらそれを積極的に提供する映画館がでてきてもいんじゃないかって。街の映画館の経営が厳しくなってきたと聞きますが、シネコンと同じ仕組みでやっても敵うわけがありません。違うマーケット、土俵で勝負できないのかな、と思うことがあります。弊誌の読者には、昔の名作を懐かしむ人が多くおりますので、そうした新しい土俵で勝負をしたいという映画館、劇場があれば、是非ビジネスをご一緒したいと思っています。
自分たちのセグメントを間違ってはいけない
キネマ旬報という媒体からすると、映画好きな、コア層の方が相性がいいはずなんです。これまでは、定期刊行物がキネマ旬報一誌しかなかったので、キネマ旬報だけですべての広告クライアントのニーズを満たそうとしていたのです。本来誰に読んでもらっているのかを考えると、やっぱりコアな映画ファンなんですね。そこで自分たちのセグメントを間違ってはいけない。だから徹底して、コアファンのニーズを満たすようにしたい。まずはそこからだと思っています。
まさにこの「KINENOTE」は、顧客のニーズを知るにふさわしい媒体でもありますから、まずはコアファン向けでいきたいと考えています。徐々にライトな層に向けてどのようなサービスが必要か、事業化に落とし込んでいきたいと思っています。その場合は、「KINENOTE」ではないかもしれませんね。コアな映画ファンとライトなファンが共有できるサイトができるのか?それとも異なるサイトで提供すべきかは、今後しっかり見極めていきたいと思っています。この事業の肝は、作品データベースと顧客データベースです。データベースは共有するけども、顧客ターゲットに合わせてサイトの機能を制限したり、増やしたり、見た目のデザインとかも変えていく方が、もしかしたら正しいのかなと最近思いつつあるんです。それはやりながら考えていきたいと思っています。
―そうすると収益化はもうちょっと先を見据えているのですね。
清水 辛いですけど、踏ん張らないといけないですね。収益化をあせって、本来のメディアの役割を失わないように自分を戒めています。これは弊社の他の媒体にも言えることですが、広告が減少していくと、やはりどうしても迎合してしまうこともあります。でもメディアとして、遠慮をしないで発言することが必要であれば、遠慮はするなと。しっかりと主張できる媒体でありたいです。弊誌は映画の批評誌で、人様の映画を批評させていただいていますから、弊社が批評、批判されてもあまりビビることはないと(笑)。
―同じ業界誌を発行している当社としても大変興味深いお話を伺えました。(了) (インタビュー/文・構成:和田隆)
プロフィール
清水勝之(しみず・かつゆき)
1970年3月生まれ(41歳)、大分県出身。
明治大学商学部卒業後、独立系ベンチャーキャピタル、日本アジア投資に入社。日本国内を含むアジア地域における未公開企業への投資業務に従事。その後、3DCGソフトウェア開発会社イーフロンティアに入社し、出版子会社BNN新社取締役、イーフロンティア専務取締役就任。07年同退任後、投資・コンサルティングを行うフラグシップの代表取締役に就任し、ギャガ・クロスメディア・マーケティング(現、キネマ旬報社)のMBOを担当。09年10月キネマ旬報社に入社。10年3月に取締役、11年1月に取締役副社長、同年7月に代表取締役社長就任。