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大高宏雄の興行戦線異状なし Vol.10

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大高宏雄の興行戦線異状なし Vol.10

2010年12月14日

◎今年、「人間失格」「キャタピラー」の興行に注目した

 
今年の単館系興行は、いったいどうであったか。今回は、邦画の実写作品に限定してみると、荻上直子監督の「トイレット」や松本佳奈監督の「マザーウォーター」などの健闘ぶりもあったが、それ以上にインパクトのある興行として、荒戸源次郎監督の「人間失格」と若松孝二監督の「キャタピラー」の2本が、全く異色な展開を見せたことで、とくに私は注目してみたい。

 まず、「人間失格」だが、2月20日から角川シネマ新宿など154スクリーンで公開。最終興収では5億4千万円を記録した。これは、角川映画の邦画の配給作品としては、今年の最高の成績である。製作費は2億円以上と見られているので、収支的にはどうかという面もあるが、これは健闘の部類に入ると言っていい。
 
 「人間失格」は、生田斗真主演という点が、もっとも重要な興行ポイントであった。一種、アイドル映画的な装いをもち、10代から30代の女性中心に稼働した。角川書店との連動も、大きかった。各書店に生田のポスターが掲げられ、小説の好調な売れ行きに結びついたと聞く。
 
 角川春樹氏の名キャッチコピー、「読んでから見るか、見てから読むか」の原点に立ち返ったかのような映画と出版の連動を少し思い起こさせ、その根っこにアイドル的な映画の外観さえあったことが、不思議な感じを呼び起こしたと言える。本作の製作総指揮の角川歴彦氏は、なかなかの戦術家ではなかろうか。
 
 そうした宣伝的な面もさることながら、太宰原作を単純に踏襲しただけの薄っぺらなアイドル映画になっていなかった点が、さらに興行の重要ポイントであったと、私は思う。生田の表面的なアイドル性をはぎとる巧妙な仕掛けが随所にあり、逆説的になるが、本作は究極のアイドル映画として屹立していたのである。裏切られた観客もいたかもしれないが、生田の俳優としての凄味を感じ取った観客も、多くいたに違いない。映画とは、そうしたスリリングな出会いを与えてくれる危ない装置でもあるのである。
 
 「キャタピラー」は、8月14日からテアトル新宿ほかで公開され、興収は2億円を超えた。利益率を考えれば、これは今年もっとも素晴らしい興行であった。先に述べた「悪人」と同じく、ベルリン国際映画祭での映画賞受賞が興行の追い風になったのは言うまでもない。ただ、それは中身の達成感が呼び起こしたのだった。偶然の産物ではない。

 作品に賭けた若松監督の思いの強さが、女優の魂に吹き込まれ、それが海外での評価をもぎとり、日本の興行に高結果をもたらしたのである。すべては、作品ありき、なのである。これを、彼は徒手空拳でやった。この時代、その弧高なる製作姿勢には、奇跡という言葉を投げかけてもおかしくはないのではないか。そうした意味から、興行云々を超えて、「キャタピラー」は今年の映画の事件であったのである。
                                                      (大高宏雄)



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