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清水 節のメディア・シンクタンク【Vol.3】

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清水 節のメディア・シンクタンク【Vol.3】

2014年02月10日
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  「3.11後」を照らす20世紀少年の夢、深夜ドラマ『なぞの転校生』に魅せられて

 金曜深夜が待ち遠しい。冬のテレビドラマの中でダントツの異彩を放ち、映像を愛する者の本能をくすぐる作品は、テレビ東京系「ドラマ24」枠の『なぞの転校生』(企画プロデュース・脚本:岩井俊二/監督:長澤雅彦)だ。記憶の奥底に眠る70年代の淡い夢と密やかな恐怖が呼び起こされ、今という時代だからこそ新たな意味を帯びてくる。岩井俊二にとって初の連ドラであるこの作品の原作は、眉村卓によるジュブナイルSF。というよりも本作は、かつて「NHK少年ドラマシリーズ」で映像化され、岩井が「思春期に刺さったままになっている」と振り返るほどに伝説的なドラマだった。ちなみに、今期ではもう1本、映画監督が深夜ドラマに進出している。カルト化した自主映画をベースに犬童一心がメガホンを執る、TBS系月曜深夜「ドラマNEO」枠の『ダークシステム 恋の王座決定戦』(主演:八乙女光)だ。ドラマ化に当たり犬童もまた、「NHK少年ドラマシリーズのような自由さを心掛けた」と語っている。

 ことほどさように、1963年生まれの岩井や1960年生まれの犬童らの世代を直撃した「NHK少年ドラマシリーズ」とは何か。それは、1972年1月1日に始まった。SFやコメディ、純文学や海外ドラマまで、編成はバラエティに富み、大人の階段をのぼる20世紀少年の想像力を刺激したこの番組は、夕方18時台のブラウン管に流された。1983年まで断続的に99本が制作され、なかでもSFものは人気を博した。シリーズの嚆矢となった筒井康隆原作の『タイム・トラベラー』は、のちに『時をかける少女』として大林宣彦によって映画化され、細田守によってアニメ化されている。その他、筒井康隆原作の『七瀬ふたたび』、光瀬龍原作の『夕ばえ作戦』『明日への追跡』、眉村卓原作の『まぼろしのペンフレンド』『未来からの挑戦』『幕末未来人』…と、あまたの名作を生み出した。

 思えば外部制作プロとの共同制作の形を採るテレ東「ドラマ24」(金曜24時12分~)の多彩な編成は、“大人びた少年ドラマシリーズ”ともいえる。2005年の『嬢王』を皮切りに、劇場版製作へ拡大した大根仁の『モテキ』、福田雄一の『勇者ヨシヒコと魔王の城』、園子温の『みんな!エスパーだよ!』、大根仁の『まほろ駅前番外地』などを輩出。岩井俊二の参入は自然な流れだったのかもしれない。

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(C)眉村卓・講談社/「なぞの転校生」製作委員会

 リ・イマジネーション版『なぞの転校生』は、郊外の高校2年生の岩田広一と同級生の香川みどりが、奇妙な流れ星を見ることで幕を開け、不思議な転校生・山沢典夫が現れた。トリプル主演の彼らが瑞々しい。SFオタクで“ムー君”とからかわれる純朴な広一を演じるのは、中村蒼。幼馴染みの広一を意識しながら山沢に惹かれていくみどりに扮するのは、透明感あふれる16歳の桜井美南。そしてオリジナル版とは異なる解釈が盛り込まれ、中性的かつ機械的な山沢役・本郷奏多の怪しげな演技が、ストーリーを牽引する。

 ショパンの『雨だれ』が情緒的な映像を満たす。穏やかな自然光を多用した撮影が美しい。浅い被写界深度によって人物をくっきりと浮き立たせ、少年少女の存在感を強調する。秘密は、写真用レンズを装着した高精細な5K解像度カメラだ。2台のステディカムを駆使してライブ感あふれる演技に密着し、流麗な長回しを素材として再構成する編集のリズムが心地よい。神戸千木の撮影は、『リリイ・シュシュのすべて』など岩井作品を支えた、今は亡き名撮影監督・篠田昇ゆずりの“動き続ける写真”の域に達している。

 なぜ転校生はやって来たのか。全12話放送のうち第5話までを終えた段階で明らかになってきたことがある。ここから先はネタバレに当たるので、読み進むかどうか独自に判断してほしい。このドラマの世界観は、いくつもの並行世界=パラレルワールドが存在することで成り立っている。よく似た世界がレイヤー状に重なっていくつも存在し、それぞれにナンバーが付けられているようだ。ある日、D1世界の人類がモノリスを発見し、次元移動に成功。山沢は、この世界に来る前は戦闘の絶えないD8世界にいた。屋上から落とされてもかすり傷ひとつない山沢は、どうやら人間ではない。テロでDNAを損傷し危険な状態にある王妃を救うことが、彼のミッション。しかし、DNAの書き換え手術も人工臓器を造る技術もないこの世界の現状を知り、山沢は絶望する。そして、広一とみどりが住むこの世界には謎がある。ここには、H・G・ウェルズやアーサー・C・クラークや東宝特撮映画がある。裏社会や平和憲法や核兵器も存在し、東日本大震災も起きたようだ。しかし我々の住む日本によく似たこの世界には、なぜかショパンの『雨だれ』が無い…。

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(C)眉村卓・講談社/「なぞの転校生」製作委員会

 高度成長末期の1975年に放送されたオリジナル版の転校生・山沢典夫(星野利晴)はこう言った。「この世界で一番恐ろしいのは、科学の行き過ぎによる人類の破滅じゃないか」「放射能の雨を怖がっていた僕を、君たちは笑いものにした。だけど、本当の恐ろしさを知らないのは君たちの方なんだ!」「30年前に広島と長崎で君たちはあの恐ろしい放射能を浴びたはずじゃないか。今この世界には、あのときの何百倍何千倍の核爆弾があるんだ」――。果たして岩井は、シリーズ終盤でこのモチーフをどう扱うのだろうか。

 岩井俊二は3.11後、積極的な活動を行ってきた。ドキュメンタリー『friends after 3.11』の制作を通し、原発問題に真っ向から挑み、この国の行く末を見つめ直してきた。「NHK東日本大震災プロジェクト」のテーマソング『花は咲く』(作曲・編曲:菅野よう子)の作詞を手掛けたのも岩井だ。山沢がこの世界に現れたばかりの頃、みどりの母が営む花屋を訪れて美しい花に見とれ、「本物の花を見るのは初めて」と感嘆したのは偶然ではないはずだ。「花」とは、人々の愛であり夢であり未来であるのだろう。それを無惨にも踏みにじる暴力や科学の暴走に対し、愚直なまでに疑問を投げかけた原作の精神を踏襲する岩井が、どんな結末を用意しているのか興味は尽きない。『なぞの転校生』とは、70年代と現在を斬り結び、3.11後の我々に人生で大切なことはすべて慣れ親しんできたカルチャーの中にあった、と思い起こさせてくれる触媒である。サイエンスライターである広一の父は、オリジナル版の広一役だった高野浩幸が演じているが、単なるカメオではない予感もする。40分枠の本作の本編は、正味約29分。29分×12話=348分。つまり5時間48分の壮大な映像詩ともいえる本作。インターバルを入れて2~3本に分け、劇場公開なんて企画があれば我先と駆け付けたい。

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   (C)眉村卓・講談社/「なぞの転校生」製作委員会         筆者所有の、70年代に鶴書房から発行されていた原作本と
                                     01年にアミューズソフトからリリースされたオリジナル版DVD。



 本コラムは、業界紙記者とはひと味違う鋭い視点で、映画はもちろん、テレビその他をテーマに定期連載していくが、総合映画情報サイト「映画.com」(http://eiga.com/)とコラボレーションし、画期的な試みとして2つのメディアで交互に隔月連載していく。この試みがユーザー(読者)、そしてエンタメ業界、メディアに刺激を与え、業界活性化の一助になることを目指す。





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清水 節(編集者/映画評論家)

 1962年東京都生まれ。日藝映画学科、テーマパーク運営会社、CM制作会社、業界誌等を経てフリーランスに。「PREMIERE」「STARLOG」など映画誌を経て「シネマトゥデイ」「映画.com」「FLIX」などで執筆、ノベライズ編著など。「J-WAVE 東京コンシェルジュ」「BS JAPAN シネマアディクト」他に出演。海外TVシリーズ『GALACTICA/ギャラクティカ』クリエイティブD。
ツイッター⇒ https://twitter.com/Tshmz

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